勉強しない中学生の裏にある「気質」-親も先生もコントロールできない成長の仕組み - ポジノー勉|勉強しない中学生に悩むママへ

勉強しない中学生の裏にある「気質」-親も先生もコントロールできない成長の仕組み

クラス落ちが確定した翌週の月曜日、早稲アカ保護者面談が行われた。

面談相手は、中1からずっとそらまるを見てくださっている数学の見守先生だ。

見守先生からは、中1の始めての面談時に
「そらまる君は、私が受け持った歴代の大変だった生徒の中で1番大変だといっても過言ではなく、まさに「大変な子代表」と言えるでしょう(笑)」
という称号をくださった先生でもある。

そして、この面談で、私は先生の口からーー
ある診断名”を聞かされることになる。

見守先生からの診断名は

「そらまる君は、強靭な心を持つ中二病です」

私は、驚きながら聞いた。
「先生…中二病とは?」

「世界は自分が中心に回っている。
自分はなんでもできる。
今出来ないのは、まだ本気を出していないだけ。
僕が勉強したら凄いことになる。


などなど、世間の評価と自分の評価が全く伴っていない。
ただただ、自分に絶対的自信が漲っている。
そらまる君は、そのドストライクの中二病です。

加えて、強靭な精神を持っています。
全く心が折れません。
こんなに怒ってしまって言い過ぎたかな…
可哀そうだったなと振り向いたら、友達と談笑している。
そして、次の週もまたやって来ない!

私ももう学びました。
そらまる君は怒っても意味がない子なので
淡々と「ハイ、残ってやりなさい」とやることやらせるのみにしてます。」

本当にその通りである。
家でもそのままである。

「中二病は、自分はやればできる!と言いながらも
やる日は来ないので、やる環境に追い込むしかありません。
やればやるだけ成績に繋がるので、そこでやっと
努力すると成績が伸びるという当たり前のことに気づきます。

早慶下位クラスには中二病がうようよいるので
やればできる!という言葉など発する隙を与えず
やる場所に追い込んでお尻を叩いて
とにかく量をやらせます。

そこまでやれば、必然的に成績が伸びます。
大丈夫です。
早稲アカには、中二病に対応したカリキュラムが
中3から組まれてますので安心してください(笑)」

私は見守り先生のこの言葉にひれ伏し、ただただ我が家の中二病に罹患した息子の治療をお願いするしかなかった。

見守先生は続けた。

「ただ…この追い込んでやらせるという勉強法は
一旦は伸び、早慶に受かっても
高校でまたすぐ、勉強しない子に戻るんです。
それは、本人が大変です。

ですので、やはりそらまる君には
中2のうちに早慶上位クラスに戻して
自分で勉強する習慣ややり方を身に着けさせたいです。


テストを解ける子に必要なのは2つです。
解説を読んで理解する力とそれを定着するまでの努力です。

そらまる君は、解説で理解する力はあるんですが
この努力の部分がほんとにできない子なので定着しません。

まだ中2ですから、これからも講師みんなで粘り強く言い続けていきます!」

中学生は気質優位で生きている

見守先生のこの予言は当たった。
そらまるは、合格の文字を見てから一切勉強をしなくなった。
誰に何を言われても、頑なに勉強をしなかった。
そして留年となった。

しかしまた、見守先生の予言は当たったとは簡単には言い切れないとも言えた。

なぜなら、先生の言う「勉強の習慣とやり方を身に着けさせる」とは、持って生まれた気質に大いに関係するとも言えるからだ。

勉強の習慣ややり方を、どの段階で身に付けさせるか。
受験という観点からは、小中学生のうちからが一般論としては望ましいだろう。

だが、そらまるのようにどんなに親や先生が習慣づけるために粘り強く言い聞かせても、身に付ける意思がまるで見えないまま小中学生を終える子もいる。

これは、何を意味するかというと、
その子の持って生まれた気質(感じ方や反応の仕方)によるものが、
時期によってその子のほとんどを占めているからだ。

持って生まれた気質は、幼少期から思春期にかけての影響が圧倒的に強い。

その後、青年期から社会人期になると自分の資質の方を(もともと備わっている自分の思考や感情や行動の傾向で強みに育つ部分)を活かしていこうという意識が強くなっていく。

これはまさに、そらまるを見ていて実感している。

そらまるの気質には「コツコツ積み重ねる、柔軟、素直」のような順応型(他者基準)気質が備わっておらず「マイペースを崩さない、自分で決める」という自己決定型(自分基準)気質が備わっていた。

それにより、気質が強く作用する幼少期から思春期には、他人がそらまるをコントロールすることができなかったのだ。

これが、先生や親が勧める「勉強の習慣ややり方」を断固拒否していたことに繋がるのである。

しかし、大学生以降は資質を活かすほうに意識が強くなって行くことで、行動に変化がはじまる。

そらまるは、高校生まで友だちと皆で協力しながらテスト対策をすることを絶対にしなかった。
塾高のテストは特殊なため、色々な角度から対策が必要であり、友だちと皆で情報を共有し知識や意見を出し合って対策したほうが有利である。

しかし、そらまるはそれを「必要がない」と言って1人で対策し、はたからみると不利な行動そのものであった。

そらまるは、友だちとよく遊んではいたが勉強だけは一緒にしないということを、小学生から高校生まで徹底していた。
この頃の私には「なぜよ?」と理解できなかったが、これはそらまるの気質が大いに働いていたのだ。

しかし、大学生になると、そらまるは学部の友人たちと情報共有しあい、授業後には学校内でクラスメイト達と一緒に勉強し、そして家でも勉強をしている。

ゲームへの執着は嘘のように消え、隙間時間にちょっとする程度になった。(中高時代は、毎日最低で5時間はゲームをしていた)

この行動は

「自分のやり方に拘る、全て自分で決めたい、
人の意見は人のもので自分にはなにも関係ないもの」

という自己決定型気質によりマイペースを守るために外へ抵抗していた段階から

「自分のやり方に拘るより自分に合ったやり方を探し始める、
自分の本音と外の現実をどうすり合わせるか」

という段階へと移行した表れである。

これは
自分を守るエネルギー(気質)から、
自分を活かすためのエネルギー(資質)へと
変わっていったことでの行動変化である。


まあ、簡単に一言でいえば、「成長」である(笑)

しかし、成長の中にはこのような働きがあるのだとひも解いて、我が子を観察するように見てみると、「なぜこんなに言うこと聞かないのか!」という怒りは静まり、我が子への理解に親の捉え方も変化していくのではないだろうか。

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