勉強しない中学生は、やる気がないからではなく、
「なんとかなる」という感覚の強さにあると感じています。
前もってやらないと不安になる子もいれば、
「まだ大丈夫」「前日でも間に合う」と思える子もいます。
この違いが、
勉強するかしないかを大きく分けているのです。
「英数国は、テスト勉強しない。
他の教科は、前日にやれば間に合う。」
これが、そらまるがテスト前に放った
衝撃の一言でした。
宣言通り、
初めての中間テストが近づいても、
全くテスト対策を開始することはありませんでした。
部活後はゲーム、宿題は出発30分前
そらまるの毎日は、こうだ。
部活から帰るとまずゲーム、
その後、早稲アカの宿題を出発30分前から始めて、
バタバタ飛び出していく。
もちろん、毎日戦った。
しかし、そらまるはテコでもやらなかった。
早稲アカの面談で恩田先生から、
「幼い脳には、
バトルしても全く意味がありません。
お母さんは口をださないでください。」
そう言われた。
もちろん、
あの時点では、私だって百も承知した。
だけどやっぱり、
分かっちゃいるけど無理である!
私の「器の狭い脳」ではどうにも我慢ならず、
口を出しては大バトルの毎日となっていた。
早稲アカは定期テスト対策はしない塾だった
ワセアカは、
早慶を目指すカリキュラムが完全優先なので、
学校の定期テスト対策はしない。
定期テスト対策くらいは自分でやれるだろう
という考え方である。
授業態度よく、
提出課題は丁寧に、期限内に提出する。
そして、
テスト1週間前から
それなりにテスト対策をすれば、
「簡単にオール4はとれるはずだ」
と言われていた。
しかし、
そらまるはそのどれをもやってはいなかった。
宿題は、雑でミミズがはったような字、
提出期限は守らず、毎度遅れて提出。
そしてテスト対策までもが
ノー勉&一夜漬けである。
こんな我が子に、口を出さずにいられまいか?
あの頃の私は、
毎日が戦いで、本当に気が狂いそうだった…。
独特すぎる勉強法|名付けて ” じーっと見るだけ法 ”
テスト前日の夜、
ワセアカから帰宅したのは21時過ぎだった。
いよいよテスト勉強開始するのか!
と固唾を吞んで見守ったが、そうは問屋が卸さない。
相変わらず夕飯に1時間、
お風呂に1時間、
スマホ見ながら30分かけて歯を磨き…
時計は23時を過ぎた。
そこから、そらまるは、
明日の科目の教科書やプリントを、
ベッドの上でパラパラ~っと見ていた。
見ているだけなのだ。
まるで、美容院で雑誌を読むかのように!
書いて覚える、
マーカーを引いて専用シートで隠し暗記する、
というのが当たり前だった私には、
全く意味が分からなかった。
極めつけに
漢字までも目で見て覚え始めたのには、
ついに我慢の限界突破!
とうとう口を出してしまった。
もちろん、勉強をやめられたら困るので、
優しい口調でだ。
「目で見るだけでなく、
覚えるまで繰り返し書いたり、
口に出して耳で聞くとすごく頭に入るよ~」
しかし、そらまるはこう返してきた。
「口出すな!
口出すなら勉強しないぞ!」
結局、テストの3日間、
そらまるは、ただベッドの上で見ていた。
決して、書いて覚えることをしなかった。
勉強は前日の23時から開始し、2時頃に寝る。
もちろん、朝はなかなか起きれず、
遅刻ギリギリに家を出る。
そんな状態でテストへ挑むそらまるだった。
ついにワセアカから呼び出し|通知表の酷さに慌てる先生
こんな勉強量と独特な勉強方法で、
中間テストと期末テストに挑み、
秋に成績表が配られた。(2学期制)
配られた通知表は、
その日のうちに早稲アカへ持参し、
塾側がコピーを取る。
その日の夜、我が家の電話が鳴った。
「お母さん、ちょっとこれはマズイです!
あり得ません!本人にも伝えました!
3者面談をさせてください!」
「4が普通」「3は取るな」という現実|早稲アカから伝えられていた評定基準
4月から中学が始まり、
早稲アカからは、保護者と子供たちに、
こう伝えられていた。
「今の学校の評定のつけ方では、
4は、全くすごくありません。
4とは、
授業態度良く、提出物を丁寧に期限内に提出し、
テストが平均より少し上を取れていたら付く。
いわゆる3のような位置づけです。
そして、
3は2のような位置付けです。
なるべく取ってほしくはありません。
4が普通なのです。
普通にしていたら、
オール4なのです。
2なんてとったら、
1のようなものです。
本当に最悪なことです。
2が付くことだけは
絶対避けねばなりません!」
では、そんな基準の中で、
そらまるの成績はどうであったか…

ほぼ3!
さらに、2!!!
母は膝から崩れ落ちた…。
しかし、当のそらまるは、
この成績をしても
ショックを受けることも、
焦ることもなかった。
この日、
先生たちはそらまるに詰め寄ったそうだが、
帰宅したそらまるは、
いつもの様子となんら変わらず、
いつもと変わらぬ長風呂で、
鼻歌すら聞こえていたのであった。
母だけが崩れ落ち、
本人は何も変わらない。
あの頃の私は、
この状況がいつまで続くのかわからず、
ただ立ち尽くしていました。
後日、面談に登場したのは、
塾のラスボス的存在の先生でした。
それほどまでにそらまるの成績は…。
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