【高校生】帰宅部を選んだ息子|帰宅部を受け入れられなかった母の2年間

【高校生】帰宅部の息子を受け入れられなかった母|「なぜ、うちの子は」と苦しかった2年間

高1

高校生活の3年間を思い浮かべたとき、
”親子の時間を大きく共有できるもの” そして
”子どもの成長を見て感じられるもの”
それは「部活」ではないでしょうか。

練習。遠征。試合。
お弁当。大きな水筒。
ユニフォーム。洗濯物の山。
夏休みも生活の軸ができる。

心と体の成長。仲間との青春。

子どもの輝きを、一番近くに感じられる時間。

きっと、そんな3年間が始まるのだろうと思っていました。

でも、

我が家には、その3年間は最初からありませんでした。

そらまるは、高校で1度も、
どの部にもはいらなかったのです。

やりたいことしかやらない、それがそらまるでした。

4月は色んな部活動を体験し、
5月から本入部という流れだった。

そらまるは、2つの部を体験した。

軟式テニス部と軟式野球部。

そらまるは、このどちらかに入りたかったらしい。

体験初日は、軟式野球部に参加した。

そらまるは、小さい時から野球が大好きで、
毎日のように友達と公園で遊んでいた。

土日は、私とパパが駆り出され、
朝から夕方まで練習に突き合わされた。

今日は、フライキャッチの練習する
今日は、スライディングキャッチ

そんな風に、
”自分のやりたいことのみを極める”

それが、そらまるのやり方だった。

その独特な練習により、体力はないが、
打つ、投げる、取る、これらはうまい。

そらまるにとって、
野球は楽しい、大好きな遊びだった。

その日、
母もウキウキドキドキしながら
そらまるの帰りを待っていた。

夕方7時ごろ、チャイムが鳴った。
ドアを開けると、そこには、

ワイシャツのボタンを3つくらい止めた状態、
学ランは全開、
ジャージのズボンに革靴を履き、
両手に1足ずつスニーカーを持ち、

呆然と立つそらまるがいた。

それはまさに、
”ボロボロ”を絵に描いたようなそらまるだった。

まさにボロボロで帰宅。

スニーカーを鞄にしまうでもなく、
両手のふさがった状態で、
どうやって改札で定期をかざしたの?

そんな格好で、
電車を乗り継いで帰宅してきたの?

いろいろ聞きたいことは山ほどあったが、
「お疲れ様!お風呂入る?」
とだけ、声をかけた。

すると、そらまるは、

僕が腹筋も腕立てもできないから、
主将が僕にずっと付いて、足に乗っかられて
ずっとやらされた。最悪。


そのあと何週も全力で走らされて、
僕がビリだから、また走らされた。


そして、こうつぶやいた。

二度と近づかない

次は、軟式テニス部へと向かう。

しかし、
誘ってくれた早稲アカ時代の友達も含め、
そらまるより遥かに上級者ばかりいたそうで、
レギュラーにはなれなそうだと判断し、やめた。

「練習すればうまくなるよ」などという
ありきたりな言葉は、そらまるには響かない。

「レギュラーじゃなきゃ面白くないから、いいや」

ではでは、

曲がるサーブとして君臨していた卓球部はどうか!

と提案してみると、
 
「卓球は、もう飽きた。」

そらまるは昔から、
基礎練習より ”勝つ方法” を考える子だった。

中学時代、卓球部での戦略は、

「サーブさえ返されなければ勝てるじゃん」

そう言って、
YouTubeで”曲がるサーブ”ばかり研究していた。

その自己流戦略で、
40名数名いる部員の中で6名のレギュラーに
常にいた。

まさに ”サーブのみ男” であった。

高校1年生の春、
そんなことは通用しない世界を、
そらまるは、ここで初めて経験したのだった。

担任の先生の説得にも、そらまるは首を縦に振らなかった

数えきれないほどある他の部活には、
「興味がない」と言って、体験すらしなかった。

そして、そらまるは、帰宅部を選択した。

担任の先生は、大いに母に同情してくださった。
この学校に来て、部活に入らない子など1%しかいない。

そして、お母さんは、
ご子息の輝く姿をどれだけ見たいだろうと。

そう言って、そらまるに説得を続けてくださった。

・基礎トレがキツいのが嫌なら
 ゆるくて楽しさ重視の部もたくさんある。

好きなスポーツ以外、やりたくない。
 ゆるいからとかそういう問題じゃないんだ。


・興味がないのは、知らないだけ。
 やってみたら楽しいかもしれない。

好きなスポーツは野球とテニスとサッカーだけ。
 それ以外のスポーツはマジでやりたくないんだ。

(サッカーはすごく走るから、遊び以外は考えていない)

・そこで、部活仲間もできる

仲間を作りたくて部活をやるわけではない。

・入部してみて、どうしても嫌なら辞めていい。
 また新たな部に入り直したらいいだけ。

どうせ辞めるのに、とりあえず入部するって
 意味わからん。


担任の先生は一生懸命、話してくださったが、
そらまるはこのように頑なに聞き入れず、

そして、帰宅部となった。

帰宅部あるある

帰宅部あるある・1
帰宅時間、めちゃくちゃ早い。

そらまるは、
地元の徒歩10分の中学に通っていたときより、
電車通学40分の高校生になってからのほうが
帰宅時間が早くなった。

4年間、帰宅は毎日16時。

帰宅部あるある・2
帰宅したらすぐゲーム開始。

クーラーをガンガンきかせ、
コーラを飲みながら。モヤシ育成。

帰宅部あるある・3
ゲームばかりしていて勉強しない。

「部活でクタクタで勉強時間が取れない」
なんて幸せな悩みではなく、
ゲームを寝るまやり、勉強時間ゼロ。

帰宅部あるある・4
時間有り余る帰宅部生、
毎日クタクタな部活生より成績が悪い。

これは、
昔から言われていることであろう。

帰宅部になると、生活が荒れる、
勉強なんてしない、不良になる、
などなど。

部活をしている子は、
隙間時間を使うわけだが、
帰宅部ゲーマーは、
時間は有り余っていているからこそ、
隙間時間など見つけようとしないのだ。

そして、ずっとゲームをする。
ゲームをしながら罵声を飛ばす。

そらまるは、
テスト勉強は前日から始め、一夜漬けだった。

クラスでの成績はビリであった。
そして、留年もした。

もちろん、帰宅部を選択しても
なにかやりたいことが
明確にある場合は別だ。

ここまで酷くない子だって、
世の中には、もちろんいるだろう。

しかし、そらまるは、
本当にひどい、帰宅部生活だった。

特に、私が辛かったのは、
最初っから帰宅部
というてんだった。

すぐに辞めてもいい。
とにかく経験してみてから決めて欲しかった。

運動部でも文化部でも、
緩い週2日くらいの部でもいい。

とにかく1度でいいから、
部に所属してほしかった。

「部活くらい別にいいじゃない?」
「入っても途中で辞める子もいるから」

誰かに話せば、そう言われた。

確かにその通りだ。
相手だって、そう答えるしかない。

それも理解していた。

でも、分かってはいても、
心が納得できなかった。

本当に辛かった。

なぜ、うちの子は…

その残念さが、どうしても消えないのだ。

特に、うちの高校は
初めから帰宅部を選ぶ子は、
1%しかいない状況だと担任に言われた。

「しかも、その1%は、
外部でなにかを習っている子です。

なにかやりたいことがあるのか、
もしくはアルバイトでもしたいのか、
と聞いたら、家でゲームするだけだと。

なんてもったいないことでしょう。」

そらまるは、
先生からそう言われたことに対し、
私にこう言った。

なにがもったいないのか分からない。

仲間を作るためとか、縦のつながりとか、
遠征のときユニフォームで移動するときに
慶應を背負うとか、

先生はそう言ってたけど、
そんなことに僕は全く意味を感じない。


やりたいことでもないものに、
自分の時間を使う方が、
僕にとっては、もったいないんだよ。

やりたくないことに時間を使うなんて、
僕は絶対に嫌だ。


まさに、そらまるらしい言葉でもあった。

そうだ。
そらまるは変わらず、ずっとそうなのだ。

でも、私は…
そんなそらまるを受け入れられなかった。

まさに、親のエゴだ

校庭を走る姿、皆んなの掛け声、
そういうものを見かけると、
足早にその場を離れた。

高校生のスポーツ競技の中継は、
見ることができず、すぐに消していた。

今なら、あの頃の私に。

ここまでは、以前の私が別のブログに書いたものです。

今なら、あの頃の私に、
笑って声をかけてあげたいです。

「大丈夫だよーー。気にしすぎーー!」

”息子が帰宅部”という状況を、
私がようやく気にならなくなったのは、
入学して3年目あたりからでした。

…まあまあ、かかってますね(笑)

でも、この記事を通して一番伝えたいのは、

子どもが動かない時間を、焦る必要はない

ということです。

帰宅部という状況を、
必要以上に悲観しなくてもよかったと
今では、心から思っています。

部活で得るものは、確かにたくさんあります。

でも、そこに属していなければ、
何も得られないわけでもありません。

だらだら過ごしていた時間。
一人の時間。
孤独の時間。

それも人生にとって、

実は、大切な”時間と経験”です。

退屈。モヤモヤ。怒り。苦しみ。葛藤。

そらまるは、ゲームをしまくって
荒れていました。

でも、あの時間の中で、
何も考えていなかったわけではないでしょう。

イライラしたり、怒ったり、
発散しきれない何かよく分からない感情の中で、
本人なりに何かを感じ、何かを考えていたはずです。

ただそれを、
親や先生には話さなかっただけ。

幼さ。未熟さ。危うさ。

そんなそらまるが、私はずっと不安でした。

でも、今振り返れば、
あの時間も、そらまるにとっては、
成長していく中での、ひとつの通過点でした

部活に入っていなくとも、
そらまるなりに、ちゃんと成長していきました。

青春とか。成長とか。

それを親が勝手に決めつけること自体、

子どもからしてみたら
大きなお世話でしょうね(笑)

もっと早く”帰宅部のそらまる”を、受け入れてあげればよかった

私は、一つだけ悔やんでいることがあります。

それは、

そらまるが帰宅部だったことを、
もっと早く受け入れてあげられなかったこと


帰宅部だって、別にいいのです。

学校から16時に帰宅するそらまるに、

「お帰りなさい」

笑顔でそう言って、
小腹を空かせた息子に、
美味しいおやつでも出してあげながら、

「お疲れ様」

そんな風に、もっと軽やかに過ごせていたらーー

あの2年間は、もっと穏やかで、
幸せな時間であったでしょう。

でも、私は、

「この高校は、みんなが部活に入るもの」
「部活で仲間と過ごす時間こそ、青春であり成長だ」

「それなのに、なぜ…うちの子は…」

そんな思い込みを、どうしても手放せずにいました。

でも、今ならはっきり分かります。

苦しかったのは、
そらまるが帰宅部だったからではありません。


私が、自分の思い込みを手放せなかったからです

子育ての時間は、いつか終わってしまいます。

だからこそーー

あの時間を苦しいものにするか。
それとも、笑って過ごせる時間にするか。

本当は、そらまるがどうだったからではなく、

私の在り方次第だったのです

ああ、あの2年間。

そらまるとの、限りある大切な時間を、
くよくよ悩む時間にしてしまったこと。

非常にもったいなかった!(笑)

それだけは、今でも少し悔やんでいます。

だから今は、

そらまると過ごせる貴重な時間を、
大切に想いながら、笑って過ごしています。

そして、不思議なことにーー

私が帰宅部という現実を受け入れ、
ようやく力が抜けるようになった頃。

そらまるが、急に動き出したのです。

それは、私がまったく予想もしていなかった場所からでした。





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