そらまるが2回目となる1年生を無事乗り越え、2年生へと進級したときのことです。
6月の保護者会が近づき私はそらまるに「2年生のクラスはどう?」と声をかけました。すると
「1年の時、同じクラスだった白須(仮名)がいた」
と一言。へえ~と一瞬流しそうになりましたが、ん?と思い「1年って最初の?2回目の?」と聞き返すと「最初の」と言うのです。
「え!それって白須君が2年生で留年したってこと?」と驚いて聞き返すと「うん」とだけ答え、それ以上の情報は残さずリビングから去って行きました。
私は、そらまるのクラス写真を見返して、白須君を探してみました。「この子かあ」と思ったのと同時に「お母様はさぞかしショックを受けられただろうなあ」と思いました。
そして私は決めました。保護者会でお声がけしよう!と。
まず、1年生の時同じクラスであったこと、その節はお互い面識もないままクラスは変わり、今回同じクラスになったことでご挨拶をしたいという思いと、そして、きっと留年したことによって暗い気持ちで保護者会に参加されているかもしれない白須さんと少しでもお話しすることで、不安や孤独感が軽くなってもらえるのではないかと思ったからです。
もちろん「そっとしておいてほしい」という雰囲気を察したら、ご挨拶だけして立ち去ろうとも考えていました。
保護者会当日
さて、当日となり、私は「白須さんにご挨拶するぞー!」と意気揚々と教室へ向かいました。教室のドアに貼ってある座席表を見て、白須さんの席を確認しました(ちょっと怖い?w)
そして、そらまるの席に着いて白須さんの席を見ると、まだ来ていませんでした。
先生が教室にいらっしゃいました。時間となり保護者会が始まりました。5分経過、10分経過…白須君の席は空席のままです。15分経過、20分経過…そのころには私も「今日は白須さん、欠席なのかもしれないなあ」と思いました。
30分経過して「やっぱり今日は欠席なんだなあ。残念だなあ」とあきらめたそのとき、後ろのドアから一人のお母様が入ってきました。その方を目で追うと、白須君の席に着席したのです!
「白須さん、来たーーー♪」と机の下でガッツポーズ、まではしてませんが(笑)とても嬉しかったのを覚えています。
保護者会が終わると、先生にご挨拶や聞きたいことがあるお母様たちが1列に並び始めます。並ばずにすーっとそのまま帰っていくお母様たちも半分くらいいます。あとは、知り合い同士のお母様達が数組お話ししていたり。
私は、面談の呼び出しが特になければ並ばずにすーっと帰る派でしたが、このときは素早く白須さんの席へ直行しました。
「白須クンのお母様ですか?」と声をかけると、白須さんは驚いた表情をして振り向きました。
「はじめまして、そらまるの母です。白須君とは1年生の時同じクラスだったと息子から聞きまして、ご挨拶させて頂きたくて。お世話になっております」
「そうでしたか!息子はなにも話さないので、こちらからご挨拶もせず失礼しました!」
「そらまるは1年の時留年となりまして、そして今回2年生に無事に進級したんです。それで、今回白須君と同じクラスだと聞いて、ぜひご挨拶したいなと思ってたんです」
と直球で伝えてみました。すると白須さんの顔が一気に緩み、慌ててスマホを取り出すと「あの!ご連絡先、交換して頂いてもよろしいですか?」と言ってくれたのです。
「ぜひぜひ!」というわけで、二人でLINEの交換をしながらいろいろ話しました。
「白須君、この度は大変でしたね。お母さんもお辛かったですよね」この言葉は、通常に進級している人からはなかなか掛けにくい言葉であると思いますが、同じ経験を先にしている私だからこそ、自然に言えるものでした。
すると白須さんは「ありがとうございます。そらまる君はすごいです!進級おめでとうございます!」と言って下さいました。
「白須さん、このあとってなにかご予定ありますか?もしよければお茶でもしていきませんか?」と声をかけてみると「行きます!!!」と即答してくださり「でも、保護者面談がこのあとあるので、待っててもらっても大丈夫ですか?」ということで、30分ほど廊下で待っていました。(留年生は、中間の結果関係なく、先生が保護者と色々話しておきたいことがあるため面談リストに入ることが多い)
教室から出てきた白須さんは泣いていました。私は「大丈夫ですか?歩きながら落ち着きましょう」と声をかけて、二人で銀杏並木を駅に向かい歩いたのです。
ランチをしながら
歩いているうちに、白須さんはだんだん落ち着きました。そしてお互いの自己紹介をしました。
白須君は中学からの内部生でした。ずっと成績は危うく、ついにここで留年となったということでした。留年が決まりこの春休み中、カーテンもあけず、真っ暗な部屋で過ごしていてとても心配だと話していました。
白須さんは、ランチの間も何度も泣いていました。
なぜ保護者会に30分も遅れて来たのか、それはどうしても教室に入れなかったのだそうです。ふらふらと階段を上がったり下がったり、廊下をあてもなく歩いたりしていたそうです。
「来てくれて本当に良かったです!だって私、実は数日前から白須さんに絶対ご挨拶してお話しするぞって思ってて、もしお父様が来た場合でも事情を話して「お母さまによろしくお伝えください」と伝えようとまで考えてたんですよ(笑) 30分経ってもいらっしゃなかったので欠席かなあってガッカリしていたんですから(笑)」
そう話すと、嬉しい、ありがとうございますと言いながら、また涙を流されていました。
私は、そらまるがなぜ留年に至ったか、その後の1年はどのように勉強に取り組むようになったか、母としてどのような気持ちを軸に向き合っていたかなどを話しました。すると、白須さんが言いました。
「テレサさんはなぜそんなに明るいんですか?」
「え?そうですか?」
「はい!テレサさんを見ていたら、大丈夫なんだっていう気持ちになってきました!1年後、こんなに明るくいられるんだって!私、ほんとにさっきまで絶望しかなく今日保護者会に来たんです。でも、1年後、私もそんな風に笑っていられるかもしれないんですね。希望が湧いてきました!」
「そうですよ!絶望の1年なんかじゃないですから!」
そう言って二人で笑いました。
高校生は自走して当然
白須さんは、こうお話しされました。
「中学生までは、私が勉強面のサポートをしてきました。でも高校生になったら自己管理をして1人で取り組むべきだと本人に話して手を離したんですが、1年の時から成績が悪くギリギリで進級しました。そして、2年生では更に成績が落ちて、結果こうなりました。
もうこれは自業自得で仕方ないよねって本人にも言いました!だって、分からないところがあるなら自分で友達に聞くなり先生に聞きに行くなりするべきじゃないですか!大学受験があるわけでもないのに塾に通うなんてありえませんし!私は高校生の時、当たり前に自分で頑張っていましたし、親に頼ったりなんてしませんでした!
今年度も同じように成績が取れなくて、それで退学ならもう仕方ないよねって本人に伝えてあります!」
この時の白須さんの表情は、怒りと失望に満ち溢れていました。
この白須さんの言葉は、そらまるが最初の1年生の時の担任に言われたこととまるで同じ意見でした。まさにこれこそが一般的な考え方なのでしょう。
なぜなら「高校生になったら自走できなければならない。今できるようにならなければ大学で大変なことになる。大学に行ったら中高生の時のように塾で教えてもらうなどできないのだから」と担任だけでなく、あらゆる教育ブログや子育てブログなどでもよく言われている言葉であったからです。
でも私は、これとは真逆の考えです。
高校生になったらと仰いますが、成長ってひとりひとり違うのになぜ「高校生になったら」とひとくくりにできるのでしょうか?あり得ません。これは中学生になったら、小学生になったらなど全てにおいてです。
子供って、ひとりひとり全く違う個性を持ち、成長度合いも違う、それなのになぜ「高校生になったら」とひとくくりにできるのでしょうか?
中学生の時から少しずつ、そして高校生になってしっかりと自走できるようになるという理想的な成長をする子もいます。しかし、そうじゃない子もいるのです。そうじゃない子に、そうである場合と同じ考え方ややり方を押し付けても無理が生じます(精神面が荒れる、家庭内が荒れるなど)
なぜ、高校生になった途端、突然自走できなければいけないのでしょうか?まだ自走できなくて困っている我が子の「困っている部分、苦手な部分」になぜサポートをしてはいけないのでしょうか?
大学生になったら大変なことになるから?
はたしてそう一概に言えるものでしょうか?大学生になる頃までに本人は成長します。その頃には「今はまだできないこと」が出来るようになっているかもしれません。
今、サポートするのは甘やかしである、サポートされなければなにもできない大人になると言われる方もいますが、私は甘やかしだとは思いませんし、別に今サポートしたからってサポートされなければ何もできない大人になるとも思いません。
白須さんにそう話すと、白須さんは「目から鱗でした…本当にそうですね。息子は息子ですよね…」そう言って、そこから白須さんは「白須君自身」と向き合い始めました。
「高校生になったら」という呪縛
そらまるは、友達や先輩と情報を共有したり一緒に勉強したり、先生に質問したり、これらを全くしませんでした。塾高のテスト対策には、それらが必要なのだと担任や私からも伝えましたが、頑なにしませんでした。
そこで、2回目の1年生の時、家庭教師の先生にお願いし、テストへ向けての取り組み方を教えてもらいました。家庭教師の先生は、そらまるにこう仰いました。
「どうしても友達や先輩と情報を共有したり一緒に勉強したり、先生に質問したりそれをしたくないならそれでいいんだよ。そらまる君が誰も頼らず1人でできるようになればいいだけの話しなんだから。」
そう言って、授業の内容の深堀りを一緒にして下さいました。深堀りは大切なテスト対策でした。これは、そらまるにとって大きな学びとなり、2年生3年生は1人で自走できるようになりました。
そして現在、そらまるは大学〇年生です。そらまるは一人で勉強しながら自走しているでしょうか。いいえ。
「今のそらまる」は友達と情報を共有し、友達とLINE通話などで一緒に勉強している姿なども見かけます。そして1人でもくもくと勉強している姿も見かけます。
これが高校生の最初から出来る子もいます、そらまるのようにできない子もいます。「あの頃のそらまる」にはどうしても出来なかった、ただそれだけです。
そらまるは、2回目の1年生で家庭教師の先生にサポートを受けましたが、その後一人では何もできない大学生にはなっていません。
そして、あの日から白須さんも「高校生になったのだから」という呪縛が解かれ、白須君に必要なとき必要なサポートをし、白須君も晴れて第1志望の学部へと進学しました。
私と白須さんは、常に息子の成長の喜びを共有しながら2年生、3年生と過ごしました。子供のおかげで私達は母として成長し、喜びと感謝を感じながら高校生活を見守ることができました。
また別の機会にしますが、このように私は、他の留年生のお母様とも何人か知り合う機会を得て、喜びを共有したり、時には不安を支えあったり、しかしほとんどは一緒に笑いあう時間が多く、運動会に一緒に応援に行ったり、文化祭に行ったり、食事に行ったりと、楽しい高校生活を過ごしました。
しかし、これも捉え方次第では絶望の中に過ごすことになりかねないのです。あらゆることにおいてそうですが「失敗をどう捉えるか」が本当に大事なことだと考えています。