中1で初めて受けた駿台テスト。勉強しない中学生の結果は、一体どうなるのでしょうか。
実際にそらまるが受けた最初の駿台模試で見えたのは、
想像以上に偏った ” 現実 ” でした。
英語は良い。
でも、数学と特に国語は壊滅的。
このアンバランスな状態は、
その後3年間続くことになります。
そして、もう一つ。
「なんだかんだ、最後はなんとかなる」
その危うい思い込みが、
こちらの心配をよそに強くなっていきました。
この記事は、中1・6月に受けた駿台模試の結果と、
そこから見えてきた息子の課題、そして、
その後の流れをお伝えします。
※この記事は、
息子の中学時代の記録をもとに
振り返って書いています。
時系列が前後する部分がありますが、
実際の記録と体験をもとにお伝えしています。
中1最初の駿台テストで見えた現実
英語 偏差値66 評価A
数学 偏差値43 評価D
国語 偏差値38 評価D
3科 偏差値 51 評価C
英語だけで、
3科偏差値をなんとか50台に
引っ張り上げているそらまるだった。
そらまるは、
早稲アカ内で選抜クラスとはいえ、
ギリギリボーイとして在籍していた。
早慶を目指す選抜下位クラスの中で、
そらまるはその中の常に下位であった。
早慶を目指すのであれば、
この下位クラスでは、
3科偏差値55を目指すよう言われていた。
数学の単元「0点」からの補習と持ち直し
駿台模試では、
正負の数と平面図形が0点だったそらまる。
この後、
クラス分けテストであるsk選抜テストでも
正負の数の評価がDであった。
そのため、数学の見守先生に呼ばれ、
補習を受けさせられた。
帰宅したそらまるは
「ちょっと前に正負の単元が終わって、
今は他の単元を習っているんだけど、
その間にすっかり、
全部のマイナスをプラスにするって思い込んでて、
ぜーんぶ変えてたわ」
テスト結果で復習するという危うい習慣
この勘違いを補習にて正してもらい、
次のクラス分けテストである難関チャレンジで、
正負の数の評価は、Bまで持ち直した。
このように、そらまるは、
次の単元に進むと前の単元があやふやになっていく。
そらまるの場合、こうしてテストの結果にて、
忘れたものや勘違いしているものを再確認する。
本来なら、
テストの前に復習し、再確認してから
挑むものであるが、とにかく、しないのだ。
それでも、
テストの結果後の再確認を繰り返すうちに
やっと頭に固定されていくそらまるにとって、
早稲アカのテストの多さは、有難いことではあった。
「結局なんとかなる」という思い込み
テストの結果で再確認するというのは、
常にクラス落ちの危機が付きまとう、
ということである。
早稲アカの先生からは、
テストのたびに連絡がくる。
「今回のテストは、
選抜基準に達しませんでした。
あと2つのテスト。
どちらかで合格して欲しいところですが…
もし、クラス落ちしたとしても、
必ずまた選抜クラスに戻すよう、
レギュラークラスの講師と連携して
ビシバシやっていきますので、
そこは、ご安心ください!」
次は落ちるかもしれない、
という前もっての連絡だ。
しかし、有難かったのは、
毎度このように
あとがないそらまるに対し、
見守先生が、テスト1週間前から
補習を行ってくれたことだ。
1つ目のテストで、
大きく落とした単元を復習してくれるのだ。
そこで、そらまるは、
あやふやなまま放置していた部分を理解でき、
次のテストでは、なんとか合格点を取れた。
そして、
毎度の「クラス落ち予想」を裏切って、
なんとか選抜クラスに引っかかり続けていたのだ。
しかし、
この繰り返しによって、そらまるは、
「先生のおかげです!
ありがとうございます!
復習って大事ですね!」
ではなく、
「先生はいつも僕に、
クラス落ちを覚悟しろと言ってくるけど、
結局は、いつも選抜に残留する。
クラス落ちなんて、
僕に勉強させるための脅しなんだよ。
なんだかんだ、
結局は、大して勉強しなくても
なんとかなるもんなんだよ。」
という、根強い誤った自信が培われて行く。
そして、
勉強もしてないのに、
テストも取れていないのに、
努力圏にも入っていないのに、
僕は合格できる、
なんだかんだ、最後はいつもなんとかなる
という、
根拠なき自信のモンスター
となっていった。
この根拠なき強い自信と思い込みは、
本当にすさまじく、
太陽にも北風にも、
何人たりとも覆すことは出来なかった。
それができたのは、
その後、
留年という、本当に厳しい現実が、初めて、
実際に我が身に降りかかったとき、であった。
(※高1で留年)


