「見守る」は伝わる - ポジノー勉〜ポジティブ・ノー勉~

「見守る」は伝わる

慶應義塾高校生活

宿題などは、学校運営のポータルサイトから生徒が必要な情報を確認して行うシステムだ。これは、先生と生徒間でのやりとりの場であって、親は関係ない。宿題に限らず、先生との個人的やりとりもポータルサイトから入りチャット、とにかく全てにおいてこのポータルサイト上で行うのだ。

中学のときのように、各教科から「宿題は何ページから何ページ」というようなプリントを配らることはない。それなら親も把握できるのだが、ポータルサイト内で管理されているため、親は基本入り込めない。
しかし、生徒が自分でIDとパスワードを設定するわけだから、それを親に教えてくれる子であれば、親も把握できているが、もちろんそらまるは、親に教えない生徒側に属する。

しない宣言

さて、夏休みはひたすら、野球やサッカー、ボウリング、卓球、バッティング、カラオケ、映画、スポッチャ、ディズニーランド、家族旅行(どんな事態でも年1の家族旅行は行く方針)、家にいるときはずっとゲーム、そして、日々ノー勉という夢のような毎日を過ごしていたそらまる。

夏休みに入ってすぐの担任との2者面談では「テスト3週間前から個別塾に通う」と言ったようだが、その舌の根も乾かぬ次の日、こう宣言した。

僕、夏休み中は1秒も勉強しないから、個別も絶対行かないよ

この宣言は、今までそらまるの人生の中でちょいちょい出されている。
〇〇する」ではなく、「〇〇しない」宣言だ。
小学生の時も「僕、日本地図、暗記しないから」中学の時も「僕、早稲アカの夏季合宿行かないから」高校の時は「偉人の言った言葉を一言一句間違えずに覚える意味が分からん。そんなこと将来に何の意味があるわけ?僕、覚えないから」(←テストに出るのに)

このように、「しない宣言」をするのだ。
ああ、そうかい、しなきゃいい、自己責任だ!そんなもん、いちいちママに宣言しないで、黙って勝手に自分でやってくれ!!
である。世界一、聞きたくない宣言だ!めちゃくちゃ嫌な気持ちになる!だったら、黙ってやらなきゃ良くないか?!なんでわざわざ、親にひと文句言われてしまうような宣言するのだ??

これはなんなのか?我が家は誰も「勉強しろ」とは、基本言わない。褒めても諫めても、人参ぶら下げても、あらゆる角度から言葉を選んでかけてきたが、絶対にやらない為、いつしか言わなくなっただけという経緯である。
何も言わない父と、ギャーギャーうるさいが怖さに欠ける母、そらまるにとって、この家には行く手を阻むような怖い人間は存在しないのだ。
ある意味、勉強しないならしないで、誰に怒られるでもない、全く問題なく済む環境なのである。

それなのに、なぜ、わざわざ「夏休み、1秒も勉強しないから」宣言を出すのであろうか?
宣言などしなくても、誰一人「勉強しろ」と詰め寄る者はいないというのに。

見守るとは

つまり、こういうことだ。1つの仮設ではあるが

言葉に出さなくても、母から発信される心配や勉強して欲しいという波動がリビングから発信されているのである。それが、子供部屋にいるそらまるにひしひしと伝わっているのである。
それをぶった切るために、宣言しているのである。かもしれないのである。

なぜなら、そらまるのことを一切心配していないスナフキンパパには、この宣言が発動されたことがないからだ。

そらまるが留年後、無事、高校2年生になったあたりから「そらまるならどう転ぼうが大丈夫、道は1つではない」と、私自身が考えられるようになり(母も息子の留年を経て、達観できるように成長した)必要のない心配を一切しなくなってから、不思議でもあり、当前でもあるが、そらまるの「しない宣言」は消えた。

消えただけではない。「〇〇学部に行きたい」とか「もし〇〇するときは協力してくれない?」と「〇〇したい、そのために〇〇する」という言葉に変わっていったのだ。

人間、「〇〇したい」と思うことには、誰に何を言われずとも自分で勝手に行動に移すものだが、そらまる自身も「〇〇学部に行きたい」という言葉を発するようになってから、進級しなければ、やりたいことを学ぶ場所に辿り着けないという思いに、ここで変化していったのである。
そうなれば、とにかく定期テストだ。定期テストを取らねば進級ができないという、大抵の子が当たり前に備わっている感覚や、ずっと中1から言われ続けても理解できなかった全てを自分事に捉えるという感覚を、ここでやっと自分に落とし込めたのである。

ここに至るには、成長しかなかった。

そして、親は見守ることが大事、そんなことは分かり切っていたつもりでいたが、見守るとは、余計なことを言わない、勉強面に口を出さないと、ただ必死で口を掌で覆っているうちは、見守っているとは言えないのだと、私はこの時点で実感したのである。
見守るとは、心配せず、本人に任せるということなのだ。決して、一生懸命口を掌で覆って耐えているのではなく、心から「君なら大丈夫」と見ている状態なのだ。

君なら大丈夫とは?

「君なら定期テストを頑張って、進級できるはずだ」ではない。
たとえ、定期テストにはやっぱりやる気が起きなくて、この場所では頑張れなくて、もし退学となっても、自分の本当にやりたいことを見つけさえしたら、君ならどんな場所であっても大丈夫」である。

綺麗ごとに聞こえるかもしれないが、ここに到達できたのは事実なのだ。大きな挫折を経験すると、ひとは変わるというが、我が子の留年を経験したからこそ、私は大きく考え方や捉え方が変化したのである。もし、ギリギリで進級していたら、私はここには辿り着けていなかったと断言できる。

しかし、これも留年を経験したからこそ実感したことだが、ギリギリでも進級できたということは、最後に本人が必死で頑張れたからこそである。必死でしがみついたのである。そこを頑張り切れないとき、留年となる。
それでも「ギリギリだったから」と言って、我が子を相変わらず信用しないままのお母さんもいるが、「必死で食らいついた我が子、素晴らしい!」と思ってほしい。
そこには、本人の留年への強い恐怖があったはずで、その恐怖を必死で乗り越えて掴んだ進級なのだ。すごいことではないか!!
留年する者と進級できる者には、ここに大きな差があるのであって、留年する者を目の前にした母だからこそ、ギリギリであろうとなんであろうと、進級できた者の凄さを知っているのだ。

さて、少々熱くなってしまったが

このように、私の考え方に変化が起きたときから、家庭内の空気が変わっていく。
今までは、口を掌でぐっと覆って言葉には出さずとも、部屋に籠るそらまるが勉強してるのかゲームしてるのか、常にリビングで耳を澄まし、五感を研ぎ澄ませ気にかけていたのだが、ここから、一切気にかからなくなる。
そうなると、私のそらまるへの態度が変化していくのも当然で、すると、そらまるの言動が変化し始めていったのである。
母を一切無視から、聞かれたことには返事をするようになり、そのうち自分のほうから必要なことであれば質問してきたりするようになり、我が家に軽い会話が戻り始めたのであった。

そうなったときから、遊びながらも勉強もするようになっていく。ノー勉からの卒業である。

とんでもない時代

しかし、この高1の夏休みは、まだまだとんでもなかった。

ポータルサイト内で発信されている各教科の宿題がどの程度なものなのか、宿題をガッツリだす先生もいれば、全く出さない先生もいるようで、先生によって違うとしか言えないが、とにかくそらまるのクラスを受け持つ各教科の先生たちがどうであるのか、だ。
それを知る術は、母には無かった。(クラスに知り合いのママもいない為)

そんな中、夏休みも中盤に差し掛かったあたりに、そらまるが言った。

英語で、なんでもいいから夏休みの自由研究出せって。ママが小学生の時に買ってた説明書が英語で書かれてる工作キット、あったよね?あれ、どこにある?

果たして、そんなものでいいのか?いまだにその答えは謎であるが、とにかくその工作キットを作って提出した。
船乗りのおじいさんが、船を漕いでいる作品だ。つまようじ棒の部分を回すと、顔が左右に動きながら、手も動きオールを漕ぐというものだった。

それは簡単そうに見えたが、とても手間がかかった!カット数が膨大で、そしてそれを順番に貼り合わせるだけなのだが、細かい作業を要し、思った以上に時間がかかった!(母が手伝ったことは言うまでもない)
最後に、作品に対し感想を英語で書くのであるが、ほんとに超適当で、超短い2行ほどの文章、そして超汚い雑な文字(いつものことだが)で書きあげていた。

とはいえ、提出することに意味がある…ということで、その作品にちょうど良い大きさの紙袋を探した。
余裕のある大きさの袋に入れて運ぶと、歩く際の振動であちこちに揺さぶられて壊れてしまう危険がある為、ピタっとはまるようなジャストサイズの紙袋を用意し、そっと入れて、そらまるに持たせたわけである。

さて、事件が発覚したは、そこから数か月後。その自由研究作品を持ち帰ってきたときだった。
持ち帰られた船乗りのおじいさんの顔が無かったのである。
ああ、持って帰る際、乱暴に袋に突っ込んだから、つまようじ棒で繋いでいた顔が転がり落ちたんだなと想像ができた。

「ねえ。顔、教室のどこかに転がってるんじゃない?」と声をかけると、そらまるは驚愕の一言を発した。

最初っから、顔無かったよ

「最初からって…いつから?」
提出するときから

なんと、そらまるは、作品を持って登校する朝、途中ですでに、顔をどこかに落としていたのだ!

え?ママが顔付け忘れたんじゃないの?
「なわけ、あるかーーーーーー!!!!」

大抵は、作品を入れた紙袋を気にかけながら歩くと思われるが、そらまるは、紙袋を気にかけることなどひとつもなく、平気で紙袋を持った手を前後左右に振りながら、走って電車に飛び乗ったりしたのであろう。
学校に到着し、すでに顔のない船乗り(おじいさんかどうかも分からない)を「ママが顔付け忘れたんだなー」と思いながら、先生に平気で提出したわけだ…。

そもそも、こんな小学生のような作品を提出する生徒がいるのかどうかも、今となっては定かでない。

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