【子育て】男の子のママへ 私の体験談と気づき - ポジノー勉|勉強しない中学生に悩むママへ

【子育て】男の子のママへ 私の体験談と気づき

テレサの部屋

テレサの部屋にご訪問いただき、ありがとうございます。

このブログは、息子の中高時代を回想する形で綴っていますが、私は同時に、子育てに悩むママ達とお話ししていきたいという思いを強く持っていました。

子育ては、子どもの成長だけでなく、母の成長の時間でもありますよね。

それまで自分の時間は全て自分のために使ってきた私達が、子どもの誕生と同時に、その時間のほとんどを子どもへ注ぐという大きな変化を経験するのです。

そこには喜びもありますが、日々の目まぐるしさに余裕をなくし、疲れ果て苦しくなることもあります。

私は今、穏やかで平和な気持ちで子育てを振り返ることができています。
息子のおかげで、自分がどれだけ成長させてもらえたかに気づいたとき、心の中の苦しみが解放されていったのです。

もし私が1人で生きていたなら、決して味わうことのなかった感情や経験を与えてくれた息子・そらまるには、感謝しかありません。

以下は、ブログを始めた当初に「悩めるママたちと繋がりたい」と考えながら書いた記事です。

中1から5年続いた【深夜の爆音問題】

こんにちは(^^♪

熱いですねー。夏休み、いかがお過ごしですか?

ただいま、13時半。そらまるはまだ寝ております。寝たのが多分、3時過ぎ。

毎年夏休みは、このようにダメダメ生活ですが、友達と約束がある日は起きるし、学校がある日は起きるし、それで良いのです。

そらまるが寝てる間は、私の自由時間です!
朝のうちに、ある程度の家事を終わらせ、あとはのんびりやりたいことやって過ごしてます。
洗濯物を干していると、セミの鳴き声に幸せを感じます。


こんな穏やかな気持ちでいられるようになったのは、そらまるが高校2年生の秋ごろからです。
(高1で留年した為、実学年は高校3年生)

それまでは「早く1日が終わってほしい。寝る時間だけが私の癒し。それまでなんとかしのごう」と、息切れしながら必死で毎日を乗り切っていました。

私は、穏やかな気持ちで子育てができませんでした。
なぜか、いつも追い立てられているような気持ちでした。

自分の時間が全くなくて、いつもストレスマックス。

我が家はパパが家にいることがほぼなく、話す時間も相談する時間も取れなかったので余計に一人追い込まれていきました。
友達と皆で日ごろの愚痴を発散し合うこと、それだけを心の支えに乗り切っていたと言っても過言ではありませんでした。

我が子は可愛いんです。
でも、本当に毎日大変でいっぱいいっぱいで、我が子からのママへの愛情表現も、ただただげんなりしていたほど、毎日疲れ果てていました。

愛情表現とは
「ママ見て!」「ママ来て!」「ママ遊ぼう!」「ママ読んで!」「ママ一緒に寝よう!」

1日中、ママ、ママ…。

一人になりたい、ゆっくりしたい、自由な時間が欲しい…。

でも、そんなママにべったりな時代にも終わりがきてしまうのです。
もったいなかったなぁ…もっともっともっと味わっておけば良かった…

そらまるは「うるせー!触るな!口出すな!」…母を目の敵にする反抗期へと突入していきました。

私が12年間、母の責務とばかりに育児書どおりに必死で整えてきた規則正しい生活、毎朝の計算ドリルなどの勉強の習慣、全てが中学生になった途端に一瞬にして消えていきました。

そこからは、辛い日々でした。

そらまるは、毎晩大音量で音楽を聴き、寝るのは深夜2時となっていました。
私は、怒りで心臓がバクバクし、そらまるが寝静まるまで苦しくて苦しくて眠れないのです。
そんな生活が5年間も続くと、自律神経が狂い睡眠障害となりました。

6時起床の私は、睡眠時間4時間の中で4、5回必ず目が覚めてしまい、疲れが全く取れず体調をよく崩すようになっていきました。

体の不調だけでなく、同時に心のほうも崩れていきました。
毎朝、絶望的な気分で目覚めるのです。そして、なんにもやる気がおきないのです。
それでも仕事は休めないので、表現するなら「這って仕事に出かけていた状態」でした。

鬱に近かったのだと思います。

そんな中でも、パパは布団に入ると5秒後には寝息を立てていました。
大騒ぎする私に、パパは「反抗期だ、放っておけ、相手にするな」これを徹底していました。
あの頃は、その寝顔に怒りしかありませんでした。

でも、今思えば、パパはどんな状況にも揺さぶられない強い精神を持っていたのです。
そらまるはパパ似なのだろうと思うと、本当に良かったと思います。

私は、常にそらまるに対し真っ向勝負で「寝なさい!!近所迷惑だ!!」と烈火のごとく怒りながら部屋に乗り込んでいました。
いくら言っても音量を下げないそらまるに、私はスピーカーの電源を切りました。
でも、私が部屋を出るとすぐにまた電源を入れ、大音量を鳴らすそらまる。
これが夜中に何度も繰される、私の毎日の戦いでした。

ひとえに、絶賛反抗期だったんです。

パパの言う通り、真っ向から戦うべきではなかったのです。
嵐はいつか去る。
理不尽極まりない言動も右から左に受け流しながら、過ぎ去るのを待つべきだった。

私は、戦いすぎました。

でも、あのときはそんなの分からなかった。
男の子、なにもかもこの生き物の生態は分からなすぎました。

この反抗期はどんどんエスカレートし、中2から高校1年生の3年間がピークでした。
力も敵わなくなり、ゲームを没収などしたら壁にまで追い詰められ、恐ろしい声で凄まれ…
恐怖でした。

パパがゲームを没収した日。
私が仕事から帰宅すると部屋中の本棚、タンスの中身、全てがぶちまけられていました。
それは、そらまるがゲーム機を怒りながら探した跡でした。
しかし、見つけることはできず、そのまま早稲アカに行ったわけです。

そんな場面でも、塾や習い事は休まないそらまる。
帰宅時には、鼻歌を歌いながら帰宅しました。

くしくもそれは、中2のバレンタインデーでした。
クレープを焼く材料を買って帰宅した私は、その荒れ果てた部屋を泣きながら片付けました。

絶対許さん!と思いながらお風呂に入ったけれど、なんだか気分が収まった私はクレープを焼き、鼻歌を歌いながら帰宅したそらまるはご機嫌でクレープを食べるという、よく分からない展開でしたが(笑)

大正解

そらまるは、中学生から高2までの間に、ゲームのコントローラーを3つ壊し、テレビも2台壊し、エアコンも1台怖し、壁にはいくつも穴が開くほど荒れに荒れました。

しかし、嵐は去りました。

反抗期って、本当に嘘のように去ります。
一体、あの時期はなんだったのか…

もう、部屋から爆音など一切鳴りません。
あんなに毎日ゲームにいらつき大声で叫んでいたそらまるは、今では無音の男です。
半年に1度くらい、部屋から「くそ!」と聞こえてくるときがあるかな?
でも、コントローラーを投げることも、壁を殴ることも、テレビに物が飛ぶこともありません。

私を睨んで、すごんで、壁に追い込むこともありません。
なにもなくなりました。
毎日静かで、各々が好きなことをして過ごしています。

今は、そらまるがこの家から巣立っていく日を想像すると寂しくて、一緒にいる1分1秒を大事に過ごしたいなあと思っています。

私にとっての大事に過ごすとは、穏やかに過ごすということです。

そらまるを干渉せず、親が「こうであってほしい」などの想いを押し付けさえしなければ、それさえしなければ、お互いの心は本当に平和となるのです。

昔から、そらまるに言われていたのは

僕に期待するな。
僕は、ママが思うようにはならない。
ママのために生きてるわけじゃないから。
僕は僕がやりたいことしかやらねーんだよ!

良かれと思って私がアドバイスすると言われていた言葉です。

この時は、私の心が疲れ、荒んでいたときだったので
「少しくらい大人のアドバイス聞けよ!」
なんて思っていましたが、今では

うん、大正解だよ!!!!!

って思うんですよね。

自分の人生、誰の為でもない
ましてや親の為なんかじゃない

自分のために生きている

そらまるのほうが、実はずっと正しいこと言っていたんだなあって、今は心から思えます。

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