中3・1月。受験まであと20日。それでも、息子は、まだ目覚めていませんでした。
早稲アカで受ける過去問は、
相変わらず20点~30点台。
それでも「なんとかなる」と、
相変わらずマイペースを崩さない息子に
私は、胃の痛む日々を過ごしていました。
しかし、1月20日。
忘れもしません。
この日、そらまるが、
初めて、自分の立ち位置に気づいたのです。
「僕…慶應、不合格かも」
やっと、自分が今、
どれほどマズイ状況なのかを、
本人が理解した瞬間でした。
まさに、本人の気づいたときこそが、
”タイミング”です。
ついに、この日がきたのです。
そらまるが「このままではまずい」と気づいた日
12月に入って、そらまるは、
早稲アカから、ついにこう言われていた。
「そらまる君には、もう慶應の対策はしません」
そうであるなら、もう自分たちで
対策するしかない。
私は、即座に動いた。
慶應義塾高校の過去問だけを
徹底して見てくれる先生を探したのだ。
そして出会ったのが、
家庭教師の早田先生だった。
まずは、1月中旬にある
”早慶シミュレーションテスト”に向けて、
3回の授業をお願いした。
しかし、結果は惨敗だった。
さすがに3回では少なすぎたかと思い、
そらまるに回数を増やす提案をした。
でも、返ってきたのは、
「いらん。あのくらいの解き直しなら
自分ひとりでできる。」
相変わらずだった。
その後も、
校舎で受けてくる早慶過去問は、
20点~30点。
なにひとつ、上がらない。
そして、1月20日。
ここで初めて、
そらまるは気づいたのだ。
あれ…全然解けるようにならない。
え…これ、間に合わなくない?
「僕、不合格になるかも!!」
やっと、ここに辿り着いたのだ。
こんなことは、
ずっと早稲アカの先生たちから、
言われ続けてきたことだった。
でも、その言葉は、
そらまるのザルフイルターには、
何ひとつ引っかかっていなかったのだ。
まさにーー
本人の気づいたときだけが、タイミング。
そして、
3年間、
観客席から見守るしかなかった母が、
飛び出すタイミングも、ここだ!
私は、すぐにそらまるに提案した。
「最後の”早慶チェックテスト”に向けて
早田先生に、毎日来てもらわない?」
「うん」
そらまるは、即答だった。
「僕、暴走してたんだ」初めての気づき
早田先生は、
たくさん生徒さんを持っているため、
この時期に毎日呼べるかどうか。
しかし、ねじ込んでもらいたい!
その一心でご相談した。
「まだまだ固めたかったので
ご提案して頂けて有難いです。」
早速、日程をすりあわせ、
まずは早慶直前チェックテストに向けて
5日連続で来て頂くことにした。
そらまるは、この5日間の間にも、
校舎では過去問を解いていてた。
その中で、
慶應義塾高校36点だったと報告を受た。
「ほんとにここから
20点あげることなんてできるのかな…」
そらまるが、
初めて弱気な発言をした。
しかし、
それだけでなかった。
「僕は、前から色んな先生に、
”問題を解くとき暴走する”
って言われてたんだ。
今までは、どこが?って
意味が分からなかった。
でも、
今日、早田先生と勉強してるとき、
確かに暴走してるときがあった。
そこに、初めて気づいた」
この気づきは、
非常に大きな気づきであった。
実はこの「暴走癖」は、
中1の頃から、
早稲アカの先生たちに
何度も指摘されてきたことだった。
本来は解けるのに、
途中から自分の世界に入り込み、
全く違う方向へ進んでしまう。
それが、そらまるの
「点数の取れない」
致命的な癖だった。
受験を、あと10日に控え、
そらまるは、そこに気づけたのだ。
連日の早田先生の授業によって、
確実に、成長していた。
応援だけすると、母は覚悟を決める
早田先生の授業、5日間を終えた。
早慶チェックテストは、
いよいよ明日だ。
早田先生は、そらまるに伝えた。
「明日の点数を気にしないで、
解き直しだけに力を入れる。
今は、点数に一喜一憂しないこと。
本当はできたものと、
全然分からないもの、
これを、まず分ける。
次の授業で、私が説明するからね。」
これはまさに、
私に必要な言葉だと、胸に刻んだ。
もし、ここで取れなくても、
当日まで応援するのみ。
私は、ただ淡々と受け入れる。
落ち込んでる暇はない。
試験会場で戦うのは
そらまるなんだから。
次の朝、そらまるは、
淡々と校舎へ向かっていった。
早慶直前チェックテスト、その結果は
その日の夜、結果は出た。
数学 偏差値50 (前回より11↑)
英語 偏差値54 (前回より3↓)
国語 偏差値43 (前回より11↑)
3科 偏差値49 (前回より8↑)
伸びたーーー!!!
ついに、そらまるは、
早慶受験者層真ん中あたりまで
上がってきた。
つまり、
”早慶下位クラスのビリ”ではなくなった。
これなら、早慶1勝が見えてくる。
すると、そらまるは私に言った。
「簡単だったからじゃない?」
私は、すぐに答えた。
「テストという緊張感の中で、
自分の取れるものを取りこぼさないこと。
それこそが、合格への鍵なんだよ」
さあ、この結果を胸に、
いよいよ、初戦である立教新座へ向かう。
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受験を、長い競馬のレースに例えるなら、
そらまるは、
間違いなく”追い込み馬”だ。
先を走る受験生達から
大きく後れを取ったまま、
ついに、レースは直線に入った。
お尻を叩いても叩いても、
自分のペースを崩さなかったそらまる。
そんな追い込み馬の目に、
2月10日というゴールが映った。
それが、1月20日。
追い込み馬気質の子を持つ親は、
その日が来るまで、
ただ観客席から見守るしかない。
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