【早稲アカ】中3の10月 早慶オープンと駿台結果|MARCHも厳しいと言われた11月

【早稲アカ】中3の10月 早慶オープンと駿台結果|早慶は厳しいと言われた息子

中3

早稲アカ、中3の10月。周りがそろそろ目の色が変えていく中で、そらまるは相変わらずだった。

確認テストは取れない。宿題も雑。
最後の内申の付く中間テストでも、
講師たちを落胆させた。

それでも、本人だけはどこ吹く風。

そんな10月に受けた
第4回駿台と早慶オープンの結果である。

この結果や、これまでのテスト、本人の意識の低さ、
それらを総合的に見て、
早稲アカから受験校の日程を判断されていく。

10月とは、もう、その時期への突入である。

早慶オープン結果と第4回駿台テスト

10月の早慶オープンテストの日は、
日曜の早慶必勝にクラスアップできる大事なテストであり、
選抜生にとっては早慶合否の目安となるテストである。

その大事な日、そらまるは中学校の体育祭と重なり、
後日の受験となってしまった。

そのため、採点の扱いにはならず、
当日の受験者達の結果と照らし合わせるのみとなったが、
少しでも参考になれば幸いである。

【10月・早慶オープン結果】
全体平均点よりプラス2点
早慶コース基準点よりプラス12点

今回の駿台は、開成国立組不在により、
”偏差値がいつもより高めに出る”
と言われていたが、この結果であった。

【第4回・10月】駿台テスト

英語 偏差値69 判定A
数学 偏差値30 判定D
国語 偏差値49 判定D

3科 偏差値49 判定C

明治系列の過去問

その日は、数学の授業だった。

10月から
国学院久我山などの進学校や日大などの過去問演習が始まり、
11月からは、
いよいよMarchの過去問がスタートしていた。

この日は、Marchの過去問演習2回目。

1回目の過去問演習は、明中の過去問であった。

簡単な年の過去問からスタートすると言われ、
クラスの皆はそこそこ取れていたのに、

僕だけめちゃくちゃ取れなかった

と、ぼやいていたのだが、
今回は明明の過去問を解き、

なんと19点であった。

この日も、そらまるは、
ほかの生徒たちより30分遅れて出てきた。

恩田先生に残るよう言われ、
中間テスト対策で塾を休んだことへのお説教と、
受験校の日程について話されたそうだ。

▶塾の休講日は遊び、授業を休んで対策をしたそらまるに
怒る講師たちと絶望する母はこちら
👇

以下、長くなるが、
そらまるが話した内容をそのまま載せる。

今のままだと、受験に強気な日程は組めない
Marchを絡めた日程になる

今度の12月の面談で、
お母さんにもそう伝えるつもりでいる。

Marchの数学は、

キレと努力のバランスの良い子が取れる

そらまるは、
数学にキレはあるが、努力ができない。

1,2年の時から、そらまるは、

駿台か、難関チャレンジで
早慶下位クラスに残ってきた。

しかし、選抜テストでは、ほぼ落ちているよな。

選抜テストで受かる子が、
Marchの試験に向いているんだ

だから、そらまるは、
青学や明治を受けても、多分落ちる。

だから、お母さんには、

Marchの中で、法政国際高校を勧めるつもりだ。

あそこは、そらまるの英語があれば受かる。」

この高校は、我が家の中では、
まだ話に上がったことがなかった。

早慶を目指していると、
まずは強気な日程を組むため、
我が家もそれに漏れず、
まだ話に上がっていなかったのだ。

強気な日程以外は、このとき、
まだ考えていなかったのである。

恩田先生は、
この時期までの本人の”成績平均”と
現在の”意識レベル”を現実的に見定めたのである。

強気な日程から、安全な日程へ

シフトチェンジすることを勧めはじめたのだ。

私が、このブログの中で記事にした、
「恩田先生からの連絡が途絶えたこと」は、
ここに繋がっていくのである。

▶ずっとそらまるの横で伴走していた先生から
連絡が途絶え始めた話はこちら。

他者から影響を受けない子は、学校見学に興味がない

私は、これを聞いても、
安全な日程に変更した方がいいのかという気持ちには、
全く動かなかった。

そらまるの意思も確認したが、
相変わらず後部座席でスマホを見て笑っていて
答えない。通常運転だ。

余談であるが、そらまるとは、
受験に関わることをきちんと話し合えたことは、
結局最後まで1度もなかった。

というより、
大人になった今でも、きちんと対面に座り、
親子で話し合えたことなど1度もない。

フラっとリビングにきて、
夕飯を作っている母に、野球のエア素振りをしながら
僕、○○するから」と告げて去っていく。

両親への相談や話し合いは一切なく、
”決めたことを一言告げて去っていくスタイル”だ。

ここに質疑応答の余地は、ない。

スナフキンパパが理系の先輩として、
そらまるになにか話そうとしたことがあった。

そのとき、そらまるは

僕はパパとは違う人間なんだから、
パパがそうだったからって、
僕は同じには感じないし、同じにはならないんだよ。

だから、
聞くだけ時間の無駄だから話さなくていいよ。

僕は僕で、パパじゃないんだからさ

そう言った。

そらまるがパパの経験談を聞いたことは、
一度もない。

これに関しては、
早稲アカに合格体験記を話しに来る先輩にも同じだった。

聞くだけ時間の無駄なんだよなあ。
パイセンがその方法でうまくいったからって
僕には関係ないし。

僕がそれで100%うまくいくなら、
聞く意味あるけど。

僕は同じ人間じゃないんだから
その人のやり方なんて関係ないのよ。

と、言っていた。

失礼な奴で本当に申し訳ない。
そらまるは、こういった本音は、
母の前でしか言わないので、どうかお許し願いたい。

しかし、このように、
先輩の合格体験記を聞いても、
全く奮起しないタイプもいるのである。

こういう子の場合、
奮起スイッチは他者からは得ない

だから、簡単ではないのだ。

そんなそらまるだからして、
どの学校見学も行っていない。

中1の秋、慶應義塾高校の文化祭に
無理矢理なんとか連れ出したことがあったが、
それきり1度も行かなかった。

そのときも「つまんないから早く帰ろう」
と、すぐに帰った。

僕は、校舎が綺麗だからとか、
雰囲気がいいとか、
パイセンが優しかったとか、
部活がどうとか、


そういうことでは心が全く動かないからさ。

学校見学は、

そういうことに心が動いたり、
憧れたり、「よし!頑張るぞ!」
って思う子が行く意味があるんだよ。

僕はさ、
そういうことで
「よし!頑張るぞ!」ってならないんだよ。


だから、行くだけ時間の無駄なんだよ

私が見学を勧めるたびに
こう言って、そらまるは、
学校見学も高校説明会も
ついに1度も行かず、

”入試の日に初めて門をくぐるスタイル”
で、受験期を駆け抜けたのであった。

親としては、
学校見学によって、憧れを抱き、目を輝かせ、
わくわくが止まらない様子を1度でいいから見てみたかった。

しかし「憧れろ!」と言って憧れるものではない。

仕方のないことである。

数学の「努力できる力」と「キレ」とは?

ここからは、私のつたない説明ではあるが、
そらまるのテストや模試、過去問の解答をみたうえで、
恩田先生が話していたことをお伝えしたい。

数学に関しての”2つの力”についてだ。

数学の2つの力とは、

細かく1行1行読んで理解しながら
 1つ1つきちんと計算して答えにたどり着く力

かいつまんで読んでざっくり内容を掴み
 こんな答えになるんじゃないかと予測できる力

Marchの、特に明治系の入試問題は、
この力のバランスの良い子が取れるということらしい。

そらまるは、
1つ目の1行1行しっかり理解しながら計算して答えにたどり着く力は弱く、
しかし、ざっくりかいつまんで内容を掴み、予測できる力は強いと言われた。

これによって、恩田先生からは何度も
そらまる君は明治の数学は無理です
と言われていたのだ。

そして、そらまるは数学に関してだけではなく、
3教科全てにおいてそうなのだと、
各教科担当講師間での共通認識であったそうだ。

確かに、英語の長文読解では、
ざっくり読んで意味を予測するという、
その強みを発揮している。

これを聞いたとき、私は、

「解き方、考え方、向き合い方とは、
”持って生まれた性質”に非常に関係しているんだな」

と感じた。

そらまるは、
人のアドバイスや体験談などを
1つ1つじっくりと聞くことに、
意味を見出せず、めんどくさがる子である。

それは、
1行1行をしっかり読み、
理解しながら進める力の弱さ
繋がっているのではないだろうか?

先生や親と話すときも、
細かい説明とかどうでもいいから、
ざっくりかいつまんで、結果だけ話してくれ!

と、途中の大切な説明が
頭の中で自動的に省かれているのだろう。

そらまると話していると、私にはよく分かる。
(母には態度丸出しなゆえ)

だから、響かないのだろう。

怒られても特に堪えないのは、
このように先生の言葉を、
1つ1つ理解し受け止めながら聞いていないからこそなのだろう。

このタイプには、
話せば話すほど、本当に無駄なのだ。

だからこそ、
「なぜ今やらねばならないのか」
という意味の説明より、
ただ淡々とやらせる法”のほうが、
そらまるのようなタイプには効果的なのであろう。

なぜ、私は安全日程に心が動かなかったのか

さて、私がなぜ、
受験のプロである恩田先生からどんなに安全日程を勧められても、
心が動かなかったのか。

それは、そらまるが動かなかったからです。

そらまるが、もし、
行きたい高校がどこかに変わったなら、
変更していました。

でも、そらまるは、
何を言われても変わりませんでした。

一見、わかりにくい子ですが、
慶應義塾高校に進学したい気持ちは、
鋼のごとく強かったのです。

どんなに恩田先生に無理だと言われても、
気持ちが変わることはありませんでした。

だから私も、
たとえ結果がどうであろうと関係なく、
受けない選択肢だけはなかったのです。







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