2月1日、立教新座を皮切りに早慶高校受験はスタートした。
立教新座、早稲田本庄、慶應志木、早稲田学院、慶應義塾高校、それぞれの入試前日、入試当日の話をつらつらと書こうと考えていたが、やはり印象的なエピソードだけをかいつまんで書いていくことにした。
なぜなら、そらまるの意識と行動は、どの高校を受ける日でもなに一つ変わることがなかったため、同じような話を繰り返すことになるからである。驚くほど淡々と、まるで毎度の駿台模試を受けに行くかのように緊張感なく、最後までなんら変わらぬそらまるのまま、この激戦期2月1日から2月10日までを走り切ったのである。
入試前日の行動
どの受験校の前日も、早稲アカからは19時に帰宅していた。もちろん、早稲アカから「明日のために早めに寝るように」というお達しを受けているわけだが、そらまるは自分の生活リズムを変えることはなかった。
そらまるは、19時に帰宅しても、夕飯を早く済ませ、お風呂も早めにあがり、勉強するなどいうことは一切なく、いつもと同じくテレビを見ながら夕飯にゆっくり1時間かけ、お風呂に歌いながら2時間入り、22時過ぎからドクターXを2話見て(名探偵コナン、ハイキューを全話見終えて、この時期はドクターX時代であった)歯磨きを30分し(そらまるは歯磨きが長い)いつもと変わらぬ1時に就寝していた。
もちろん、睡眠時間の意味と効果について、そらまるに塾からも私からも伝えていたに決まっている。しかし、その必要性を本人が感じない、信じないため、言うことを聞かないのだ。
ここで私は、早く寝るよう口論になるより、心の安定を取った。「睡眠時間の脳への影響」より「口論などして無駄なストレスを与えない」ことを選択したのだ。
私はこの2月1日から10日まで、そらまるに絶対小言や嫌味を言わない、絶対口論しない、絶対不安を口からも態度からも漏らさない、どんな状況になろうとこれだけは守り抜いて、母としてのこの3年間の伴走を終えると固く心に決めていたのだ。
入試当日の行動
「6時半に出ないと間に合わないからね」と前夜から伝えていたが、当日の朝のそらまるの準備は、いつもと変わらなかった。間に合わないよと言っているのに、朝お風呂に浸かる30分も、歯磨きの30分も絶対に短縮はせず、結局6時45分に家を出た。「間に合わない」という言葉も、そらまるには響かなかったのである。
もちろん、そらまるはこの時代こういう子であったため、こちらも想定内で40分早めの時間で伝えていた。そらまるのほうも長年の経験で「間に合わないなんて嘘だ。どうせ早めの時間を言ってんだろう。」と分かっているのだ。
にしても、入試当日くらい「この時間設定がもし本当だったらヤバイ」と考えてほしいものだが、そらまるは絶対的に母を信じ切っているともいえた。「ママが僕を遅刻させるわけがない」と。
到着までの行動
「〇分の電車に乗らないと間に合わないよ!早歩きで駅に向かおう!」と言っているのに、そらまるはマンションのエレベータ前で「あ、忘れ物した」と言ってゆっくりとした足取りで踵を返した。
「何を忘れたの!?」と後を追うと「イヤホン」と言う。私は、無言でそらまるを追い抜き、風のごとく家に戻り、風のごとくそらまるの手にイヤホンを持たせ「はい!行くよ!小走りに変更!」
と言って、小走りをしているのは母だけである。そらまるは、イヤホンでゲーム中継を聞きながらスマホ画面を見て悠々と歩いている。
大丈夫だ、これも想定内。電車もあと3本遅くても間に合う。
電車内でもそらまるは、ゲームから目を離さないままである。参考書や、塾からもらっているプリント、早田先生が「計算の仕方を目で追うだけでいいから、見直して頭に入れとこう」と言って下さったアドバイスなど、高校に到着までの時間をこのような有効なことに使うことは1秒もなかった。
電車内には、今から同じ高校を受験するであろう中学生たちをたくさん目にした。全員、早稲アカから配られたプリントや単語帳などを見ていたが、そらまるだけはゲームをしていた。
混雑する電車内で、1つ席が空いたのでそらまるを座らせ、私はそらまるの斜め前の吊革に掴まり立っていたのだが、私の目の前に座る男の子が早稲アカのプリントを見ながら隣に座るお母さんに小声で言った。
「お母さんの横にいる子も中学生だよね?同じ学校受けに行くのかな」するとお母さんは、横に座るそらまるをチラっと見て「まさか。今から受験の子がゲームしてるわけないよ」と言った。
「だよね」と男の子も言って二人で小さく笑い、男の子はまたプリントを見始めていた。私はこの目の前の母子の会話を「これはネタになるな、笑い話として友だちに話そう」と思いながら、ゲームしているそらまるのつむじを見ていた。
電車から降りてもそらまるは、なんと校門の前までゲーム中継から目を離さなかった。更にそらまるは、歩道の邪魔にならない位置に立ち、「きりのいいとこまで見てから入る」と言って5分くらい立ち見をし、そしてスマホをポケットにしまった。
更に更に、そらまるは時計を見てこう言った。「テスト開始までまだ30分もあるのに、席でなにしてればいいの?」私は当たり前のことを言った。「プリントを見直してなさい」と。
そらまるは、悠々と軽やかな足取りで学校の中へ消えて行った。
試験後の行動
試験が終わる頃に校門前で待つ母に、出てきたそらまるは、立教新座、本庄、志木、学院、全てで「やらかした」と、怒りながら伝えてきた。周りには分からぬよう無表情を装い、私にだけ聞こえる小声で「クソ!やらかした!数学が例年より異常に難しくなってたんだけど!なんでだよ!いつも数学簡単なはずだろ!」「クソ!英語のマークシートずれてて4点失点した!」など、とにかく母の心臓をえぐるような言葉を投げてくる。
しかし、それは入試本番という大きな戦いの中で戦ってきた者が、抱えきれないイラつきと不安という重い重い荷を母に半分分け与え、自分の荷を軽くし次に向かい歩けるようにするためである。私はそれをただ受け取った。
「お疲れさま!試験後は、やらかした部分だけがつい頭に浮かぶけど、やらかしてるのは自分だけではないし、逆に出来たと思っていてもやらかしていることだってある。だからこそ結果と言うのは、本当に蓋を開けてみないと誰にも分からないことなんだよ。
とにかくお疲れ様!頭使ったからお腹すいたでしょう!なんか食べる?」
そらまるの言葉に反応し、こちらまで一緒に沈むことだけはないよう強く気持ちを持ちながら、軽い言葉だけかけた。そしてこの期間中「どうだった?手ごたえは?次の学校への自信は?対策は進んでる?」など、とにかくテストに関連するようなことをこちらからそらまるには1度も聞かなかった。
それから「君なら大丈夫だよ」などという根拠が特にない言葉かけもしないよう心掛けた。
ただ、そらまるが吐き出してきたらそれを聞いて、母の中に収めることに徹した。
そらまるは、駅まで歩いてる最中に吐き出すだけ吐き出すと、電車内ではまたゲームを始め、そこからはもう何も言わない。気が済むのだ。そしてそのまま早稲アカへ向かい、次の試験に備えていた。
試験当日はその足で、塾内で自己採点をさせられ、ある程度何点取れているか予測できるため、早稲アカから帰宅すると「英語だけは出来てるけど、あの国語じゃ志木落ちたわ」などと言ってくる。
そらまる自身は、終わったことは即座に忘れ悩まない性格、そしてやはり大本命ではないことですっかり気持ちが切り替わっている為、その言葉をサラっと私の荷入れバッグに放り投げてよこすだけで、いつもと変わらず勉強せずドクターXを観て就寝するわけだが、母の心はそらまるの言葉1つ1つを受け続けズシンズシンと重くなっていった。
しかし、母の荷入れバッグがどんなに重くなろうと、大事なのはそらまるの荷を軽くすることであり、それが母の重大責務である。私が軽くなりたいがためにそらまるに余計なことを吐きだしたり、母の不安を見せることのないよう、そこだけは耐えた。
合否結果
立教新座〇 慶應義塾〇 慶應志木× 早稲田本庄× 早稲田学院×
これがそらまるの結果である。早慶1勝だ。
まず、立教新座に関しては、恩田先生から「そらまる君は立教新座はまず受かりません」と言われていた。だから10日には慶應義塾ではなく中大付属に回避するよう説得されていたのだ。
早稲アカからは「立教新座には開成国立組の受験生達が慣らし受験として参戦するため、その中で合格するということは早慶を合格できる位置にいるという大きな目安となります」と言われている。そこに、早慶下位クラスのビリであるそらまるはまず受からないと予想されていた。
しかし、そらまるは土壇場で数学を伸ばし、早慶下位クラスの上位の位置に階段を上ったことでなんとか戦える位置には立てたのだ。
しかし、この立教新座の合格を掴めたのは、実はそれが理由ではない。そらまるのメンタルで勝ち取ったと言っても過言ではないと、今でも私は信じて疑っていない出来事があった。
立教新座のテストを終えて出てきたそらまるは、鬼の形相であった。
立教新座は1時間目が数学だった。そらまるは数学でまずは点を取り、苦手な国語をカバーするつもりでいたのだが、ここで痛恨の時間配分ミスを犯したのだ。
大問1で小問を解くのに、暴走せぬよう心掛け丁寧に時間をかけ過ぎたことが仇となり、最後の大問2問を解く時間が無くなったのだそうだ。しかも、最後の大問2つは簡単で、そらまるの解ける問題だったことで、そらまるの悔しさと後悔とイライラは計り知れないものであったようだ。
しかし、そこでそらまるはこう言ったのだ。
「だから、国語と英語で絶対高得点取ってやる!って思いながら解いた!国語で全集中して取り返してやった。絶対取れてる。
英語はリスニングがイギリス英語でめっちゃ早かったから、あれは相当リスニング得意な子じゃないと聞き取るのは難しいはず。」
塾での自己採点、そらまるは、苦手な国語で80点、数学は40点であった。そして得意の英語で90点後半を取れた。
あくまでも自己採点であるが、しかしここが、そらまるの合否を分けるカギであったことは確かであっただろう。
取れるはずの数学と言う出だしを大きく躓いたときの、意識の向け方だ。
次に立ちはだかるのは、大の苦手意識のある国語だ。そのとき「絶対取りかえしてやる」などと考えられるだろうか。私なら出来なかった。
そらまるは、最後の1秒まで心折れずに戦い切れたのだ。
この受験で、私はこのそらまるの意識の向け方を何よりも評価している。
だからこそ、私は周りの受験生を持つママ友には「やらかした!と思ったとき、そこで心折れて勝負を諦めたら、その場で負けが決まる。やらかした!と思っても、最後の1問、最後の1秒まで諦めずに戦ったとき、勝負は蓋を開けてみるまで分からなくなる。試験前に必ずそう話して聞かせてね」と伝えている。これは、経験者の母は語る、である。
やらかした先に勝利の女神が立っている!!忘れるな!!
大本命でゾーンに入った
ついに、2月10日、大本命である慶應義塾高校入試当日を迎えた。
しかし、大本命前夜も変わりなく勉強はせずドクターXを見て就寝。当日もゲーム中継を見ながら、日吉駅へ到着した。銀杏並木道に入ったとき、事件は起きた。
そらまるがボソっと私にこう言ったのだ。
「昨日、早稲アカで慶應義塾の過去問解いて30点だったわ。
最後の最後に自信なくしたわ」
大本命であり3年間ここだけを目指してきた君は、じゃあ昨夜なにをしてた?
最後の過去問で自信を無くして帰宅して、昨夜君はなにをしてた?
いつも通りお風呂2時間入って、ドクターXを2話観て寝たよね?
数学に目を通すことくらいはできたんじゃないの?
ただただ「自信なくしたわ」で済ませるのか?
そして、その負の感情を母の気持ちなど全くお構いなしに丸投げするだけなのか?
いつも入試終わりにそらまらから投げ込まれる負の言葉という重すぎる荷を、決して楽にではなく必死で抱え立っているのもやっとである母へ、この早慶日程の中の最大の大一番の日に、まさかの最大級の大砲弾を食らい、思いきり絶望の淵へと突き落とされた気持ちになった。
しかし私は、大本命校を目の前にし、倒れるわけにはいかぬと必死で耐えた。そして「昨日の過去問は忘れな!今までの安定しているときのほうが本当の力だよ!大丈夫!英語で思いきり取って、数学と国語は半分取れたらいけるいける!いつも通りで大丈夫だよ!」と、なんとか最後の力を振り絞って笑顔で伝えた。
そらまるは「そんな簡単なもんじゃねーよ。いつもの力じゃ無理だし。じゃね。」と言い残し、校内へ入って行った。
しかし、テストを終え、出てきたそらまるは私にこう言った。
「席に着いたとたん、今までの高校では無かったワクワクする感情がブワっと沸き上がってきた。
ここが僕が3年間目指してきた教室か~って、めっちゃワクワクしてきてニヤニヤが止まらなかった。
そしてテストが始まった途端、生まれて始めてゾーンに入った。
数学もめっちゃ簡単に感じたし、国語はいつもなら何回も読まないと頭に入らなくて、問いのたびに文面に戻って読み返して答えを探しているんだけど、今日は1度読んだら内容が全部スッと頭に入った。全部だよ?なんだこれってびっくりした。
ママ、僕、合格するよ」
この感覚は、本人にしか分からない。テストを終えた後、このような自信のある発言を母に投げてきたのは、慶應義塾高校でだけであった。
この感覚通り、そらまるは塾での自己採点は200点を超えていた。
しかし、この日の夜中3時、「ママ!」と突然寝室からそらまるに呼ばれ「僕って、名前書いたっけ?」と言われた。書いた記憶が全く浮かばないと…
そらまるは、ふっと浮かんだその不安を私に丸投げするとスヤスヤ眠りについていた。私は心臓がバクバクし、そのあと一睡もできなかった。
回収する際、無記名だと声をかけてくれる高校もあるが、ここはどうなのか。
「まさか無記名なのに回収の際に声もかけず、ただ失格とするなんてないよ」との声も周りから頂いたが、結局は誰にも真実は分からないことであり、私は「この3年間の最終着地が、無記名で0点とされ不合格だなんてそんなことある?」と奈落の底に突き落とされた気持ちでいっぱいであったが、次の日は早大学院の試験であったため、必死で動揺を抑え「塾高に問い合わせたら大丈夫だったよ。だから安心してテスト受けてね」とそらまるには嘘をついて送り出した。
結果、どうやら名前も書いていたのであろう。慶應義塾高校から正規の合格を頂いた。
高校受験体験記は、本当に一人一人全員違う。それぞれが唯一無二である。
そらまると私の3年に渡る受験生活は、こうして幕を閉じたのである。
次回で受験期回想は最終話となる。最後までお付き合い頂けたら有難い。
公式LINEやってます♪
友だち追加よろしくお願いします(^^)/
↓ ↓ ↓
