子どもが勉強にやる気を見せないとき。成績が悪かったとき。
親としては「どうにか奮起してほしい」「もっと未来を見据えた行動であって欲しい」と思い、自分の体験談や励ましの言葉を一生懸命に伝えますよね。
でも、期待通りにやる気を出してくれなかったときーーその反動でガッカリし、苛立ち、ついキツい言葉をぶつけてしまう…。
その落差は、子どもにとって親の言葉の一貫性の無さを感じさせます。
響かせようと思い過ぎない
そらまるは、親の話を全く聞かない子です。
特に、勉強についてや進路についての話には1秒たりとも耳を貸さない子です。
大学生である今でもそうです。
小さい頃から、勉強のやり方についてアドバイスしようとしても「口出すな」で終わりでした。
中学生になり、定期テストが始まりました。
公立の中学だったので、ほとんどの教科は暗記してナンボの世界戦です。
範囲はしっかりお知らせがきます。
「教科書1ページから20ページまで、穴埋めプリントは1から5まで出します」
この範囲を完璧に暗記して仕上げれば、90点以上など確実に取れるわけです。
そのためにどうするか。
教科書にマーカーを引いたり、書いて覚えたり、声に出して読むと覚えていきます。
穴埋めプリントは10枚ずつくらいコピーして子供に渡し、100点になるまで取り組むようアドバイスするご家庭が多いと思います。
しかし、そらまるはこのアドバイスを1度も聞き入れませんでした。
副教科と漢字は、前夜にさーっとチラシを見るように「流し読み」をして終わりです。
英語と数学と国語は3年間ノー勉でした。
そんなそらまるも、理社だけは前夜から2時間「自分流」に対策をしていました。
「自分流」と付け加えていることにご注目お願いします(笑)
そらまる流の理社対策は「前夜24時から一気にマーカーを引き、そして1時間くらい覚える時間を取る」というものでした。
時間配分としては、マーカーを引くのに1時間、それを覚えるのに1時間、という…なんじゃそりゃな方法でした。
覚えるのに1時間しか取れないのは、他の教科も「流し読み」する時間を取らねばならず、結果、0時から始めるテスト対策は3時あたりに睡魔にて終了となるのでした。
そんなそらまるに、私は一般的なアドバイスをしないわけはありませんでした。
プリント1から5までを各5部ずつコピーして
まず1枚目を解いて→1枚目で間違えた問題だけを2枚目で解く→それを繰り返し、ミスがなくなったら一度全部解いてみる→忘れているものが出てきたらまた繰り返す
「これさえしたら、90点なんて簡単に取れるんだよ」
このように説明する私にそらまるは、無言のまま振り向くこともありませんでしたが、私はそのコピーした25枚をそらまるの机に置いて部屋を出ました。
次の朝、その25枚のプリントはまっさらな状態でゴミ箱に捨ててありました。
私はそれを見た時「このやり方は、そらまるは受け入れないってことなんだな」と諦めました。
今思えば、そらまるがそんな勉強法を取り入れるわけはないのです。
そらまるは、勉強に対してだけではなく物事全てにおいて「完璧を求めない」のです。
そらまるは、どんなに講師達に言われても、選抜クラスに入るために「選抜基準点より余裕の合格」でなく「選抜基準点からギリギリで合格」を目指す理解度を目指す勉強量を保ち続けました。
学校の部活では、6名がレギュラーになれる、その6位を常に目指した練習をしていました。
特殊な変化するサーブだけをYouTubeで練習し、サーブだけで勝ち進めて5位か6位でレギュラーに入り込み、それを大いに喜んでいました。
そんなそらまるが、穴埋めプリントを完璧になるまで解く?
そんなこと、するわけはないのです。
私は、私の経験から考える、そして大抵の成績の取れる子がやっている手堅いやり方をそらまるに伝えたのです。
しかし、それを聞いたそらまるに「その方法は響かなかった」それだけのことなのです。
響くか響かないかは、聞き手側の勝手なのです。
響かなかったからといって「怒りや苛立ち」を向けるのは理不尽であり、苛立つことが予想できるのであれば、だったら言わないほうがまだ良いのです。
聞く耳がない子へ【伝え方】
人間は、自分の価値観に沿って行動をします。
完璧を目指したい、6名がレギュラーなら1位で通過したい、そういった価値観を持つ子は、穴埋めプリントを完璧になるまで解きます。そのためにテストの1か月前から取り組んだりするわけです。
でも、完璧や1位通過など、もとからその価値観を持っていないため、そこを目指していない子もいるのです。そういう子に、完ぺきや1位を目指せと言っても聞く耳などないのです。
私は、長く一緒に過ごす時間の中でそらまるのその特徴を理解していきました。(中1あたりまでは戦っていましたが)
そこで私は、そらまるに伝えるとき、普通の伝え方を止めました。
【伝え方・その1】
『リビングできちんと向き合って座り、時間を取って話し合うことをやめる』
なぜなら、そらまるはその状況に置くと、耳が100%シャットアウトされるからです。
「まず座りなさい」
「聞いてる?」
「どう思うか答えなさい!」
こんな無意味に荒立てる時間を全捨てしました。
【伝え方・その2】
『色々言いたいことはあるが、感情の部分を一切省き用件のみ伝える』
こちらがどう思っているかなど、話をしているうちに離脱されてしまうからです。
とにかくとにかく短く用件だけ伝え、そのことに対して「はい」なのか「いいえ」なのかだけ聞けたら、もうそれでいいしその方向で進めていきます。
そして、答えない場合、深追いをしない。
答えないということは「まだワカラン」ということなので、とりあえず一旦引き下がる。
そして、日を置いて「この回答は、明日の15時が期限。期限が過ぎたらもう申し込めない」と再度ギリギリで伝えると、当日の14時頃にLINEで「はい」と一言来るのでです。(※はい=申し込むという意味)
なにごとにも、深追いをしないということが大事です。
こちらは「今、すぐ、答えが欲しい」と思いがちですが「今すぐ、絶対必要なのか」「数日猶予があるのか」冷静になること。
実は、ただ親が安心したいがために深追いしている場合が多いものです。
聞く耳がない子へ【伝える場所】
この2つを踏まえて、私はそらまるからなにかを聞きたい時や、こちらがなにかを伝えたい時は、家では話さないという選択をしました。
【伝え方・その1】
『そらまるが大好きだったサイゼリヤで話す』
家のテーブルでは聞く耳100%シャットダウンのそらまるも、サイゼリヤでは60%くらい扉が開くから不思議、ちょっと耳を傾けてくれるのです。
このときとばかりに、話したいことを話し、聞きたいことを聞いたものです。
とはいえ、普通に話すお子さんから比べたら全然ですよ。
それでも少しは、そらまるの考えていることを垣間見ることができたり、早稲アカから言われていることを伝えることができて、それに対してのそらまるの考えなどをぽつぽつと少しは聞けたりしました。
1つ付け加えますが、スマホでゲームをしながらです(笑)
でも、私は「普通」とか「一般的」とか「常識」とかをもう捨てています。本人がリラックスしていて、なんとなく会話できていたら、もうそれで十分なのです。
「話すことがあるから、一旦スマホは起きなさい」からスタートした話し合いは、そらまるにとっては「僕の大事な時間を、話したくもない話のためにムリヤリ親に奪われた」となります。
そらまるでなくても、中高生という思春期であれば、そういう思いで親との話し合いに応じている子は少なくないのではないでしょうか。
【伝える・その2】
『送迎の車の中で伝える』
後部座席でスマホのゲームしているそらまるに、私はいつも伝えていたことがあります。
「そらまるは、勉強しないから早慶下位クラスだけど、勉強したら早慶上位クラス行けるよ~」
「そらまるは数学にキラリと光るものがあるから、数学さえ定着できたら早慶いけるって先生が言ってたよ~」
バックミラーで見るそらまるは、この私の「かなり楽観的でかなり盛った言葉」に、なにも答えることはなく、そのままスマホでゲームをしていて、聞いてるか聞いてないかも分からない状態でした。
それでも私は、そらまるになにかを伝える時間は「車内かサイゼリヤ」と決めていたので、短いこの時間に「数学さえ定着したらイケる」という言葉を浴びせていました。
それに対してのそらまるからの返答など求めませんでした。ただ浴びせようと考えていました。
その1つに「数学がどうやっても伸びないと感じたときは、ママにすぐ言ってね。最強の先生をママが用意できるから。」というものでした。
「幼稚園が一緒だったA君とB君がね、中学受験するときに塾では偏差値50くらいの学校を狙える成績だったんだけど、その家庭教師の先生にお願いしたらなんと!1か月で偏差値10も上がって偏差値60の学校に今通ってるんだよ!」
この話は、細かい説明はかなり省いたものです。ただ「素晴らしい家庭教師に教わったことにより偏差値10も上がった」という「1つのポジティブな例」として聞かせました。
勉強には、塾という選択だけではなく色んな方法があるのだということを知っていて欲しかったのです。
「だから、数学が伸びなくて困ったときはママにすぐ言ってね!ママが最強の家庭教師を呼んであげるからね!」
数か月に1回程度、なんとなく伝えていましたが、その言葉にそらまるが答えることはありませんでした。
中3の10月、私は成績がどんどん落ちていくそらまるに「そろそろ、最強家庭教師、呼んでみる?」と車内で聞いてみると、そらまるは「いらん」と言いました。
どんなに成績が下がろうと一向に気にしないそらまるでした。このまま、そらまるは最強家庭教師を呼ぶことはないのか…と思っていました。
しかし、そのときは来たのです。
すでに、慶應の過去問を授業で何度か解いては最低な点数を叩き出していたそらまるでしたが、12月のクリスマスあたりの授業で解いた慶應過去問の点数に、車内に乗り込んできたそらまるがこう言ったのです。
「ママ、僕、慶應不合格になるかも」
今更気づいた!?と喉まで出かかった私に、ついにそらまるはこう言ったのです。
「ねえ。最強の家庭教師呼んでもいいよ」
私は、このときを待っていたのです。
2年間、車内で振り注がれた言葉は、ゲームをしながら返事もしないそらまるの耳からお腹の奥に降り積もり、頭の引き出しにしまわれていたのです。
運転席から振り向き
「よっしゃ!呼ぼう!これで数学ぐんぐん伸びるよー!」
そして、1月半ばから本格的に来て頂いた家庭教師の早田先生は、こう仰いました。
「この時期、ここまで合格に届かない成績ばかりを取っている子は、大抵はもう心が折れて自信を失くしている状態です。
自信を失くている状態だと、解ける問題まで解けなくなるんですよ。
ですから、私達がまず始めにやることは自信を回復させる作業からなんです。
そこを省いて授業をしても、全然吸収しないので大事な時間が無駄になってしまうんです。
どこまで早く自信を回復させることができるか、そこが勝負だと思いながら来ました。特に、そらまる君に関しては、もう時間に余裕はないので。
しかし、そらまる君は全く心が折れてなくてビックリしました!自信に溢れていたので、すぐに授業に取りかかれました。
この精神状態ならイケますよ!」
そらまるが心が折れていなかったことには、2つ理由があると私は思っています。
1つは「根拠なき自信」
根拠はないが、先のことを不安視しない、なんとかなる精神。そのため、今自分がやりたいこと、楽しいことを優先するのです。
これは、常にマイナスと捉えらがちなそらまるの持って生まれた気質でありました。
これを持っていることによって、逆算して計画を立てるなどの準備をしないのです。これは勉強面において大きなマイナスとしてずっと捉えられてきました。
でも、この「不安視しない」という楽観的さは、受験においてだけではなく人生のあらゆる場面においても、実は大きな武器でもあるのです。
現にそらまるは「再考圏」にいながらも、心はまるで「合格圏」にいるかのような不安の無さであったのです。
そして、もう1つは、
ずっと降り注いできた「そらまるは、勉強さえしたらイケるよ」という言葉であったと思います。
最後の最後に「え?もしかして僕、やばいの?」と、ついに気づいたとき浮かんだのが「ママが言っていた言葉」だったからです。
もし、私がずっと「この成績では無理だよ。そんな甘いものじゃないんだから」という言葉を注いでたら、このとき浮かぶ言葉は「だからもう諦めよう」であったのではないでしょうか。
「そらまるなら勉強さえしたら伸びるよ」という言葉こそが、この直前期であっても自信を失くすことなく「最強の先生とやれば僕は伸びる」と、そらまる自身が思い込むことができたのです。
ちなみに、私はそらまるに「最強の家庭教師」というそのカードを、すでに手元に持っているかのようにずっと伝えていたわけですが、実は「最強の家庭教師呼んでいいよ」と言われてから怒涛の勢いで探し、早田先生に出会えました。
そらまるが土壇場で動くところは、母譲りであるのかもしれません(笑)