子どもにイライラしてしまう本当の理由|自分の価値に気づくことが鍵

わかっているのに止められないお母さんへ|本当に必要だったのは「自分の価値」

テレサの部屋

前回の記事では、
「子どもにイライラしてしまう本当の原因は
お母さんの内側にある」

というお話をしました。

今回はその続きとして、
「子育てにおいて、
お母さんが自分に価値を感じているか」

それがどれほど大切かについてお話しします。

自分の価値を感じているかの目安

自分に価値を感じているかどうかって、
正直、普段はなかなか意識しませんよね。

でも、
ひとつ分かりやすい目安があります。

それは、

自分の決断を、
あとから否定していないかどうか
です。

例えば、何かを決める時に、
怖くて自分で決められず、
たくさんの人に意見を聞きに行き、
誰かの意見を採用して行動する。

その結果、うまくいかなかった時に、

「あの人がああ言ったから」
「あの人の言う通りにしたのに」

そう感じることがあるとしたら、

それは、
単なる他責思考というよりも、

自分の決断を信じきれていない状態です。

また、勇気を出して自分で決めたとしても、

「もっと他にやり方があったんじゃないか」
「あの時、もっとこうしていればよかった」

と、過去の自分を責めてしまう場合も同じです。

これは、
その時の自分の判断を認められていない状態
です。

では、
自分に価値を感じている人はどうでしょう。

たとえ失敗しても、後悔しません

もちろん、
「こうすればよかったな」
と、振り返ることはあります。

でもそれは、
自分を責める後悔ではなく、
次に活かす振り返りです。

「あの時の決断は、あれが最善だった」

そうやて、自然に、
その時の自分の決断ごと受け入れられます。

これが、
自分に価値を感じている状態の目安だと、
私は思っています。

私はたまたま、自分に価値を感じていた

私は、
努力によって何かを勝ち取ってきた
そんな経験は特になかったように思います。

高い学歴があるわけでもなく、
なにかに秀でているわけでもありません。

でも、そんな私でも、
どこかにずっと持っていたものがあると
この年になって気づいたのです。

それが、
自分はそのままでいいという感覚でした。

振り返ると、それは
「自分に価値を感じられていた」
ということなんだと思います。

私は、
そらまるとたくさんぶつかってきました。
取っ組み合いも数えきれないほどありました。
言いすぎてしまったことも、もちろんあります。

でも、
息子の人格を否定する言葉は、
言ったことがありません。


「この子はこのままじゃダメだ」
と思ったことも、実はありませんでした。

本当に言うことを聞かないそらまるを、
歯がゆく思ったことは何度もあります。

でも、そうは思いながらも、
私は、どこかでずっと思っていたのです。

「この子は、人の言葉で動かない子」
「でも、きっと、この気質を生かして、
いつかどこかでうまくいくんだろう」

根拠はありません。
でも、そう思っていました。

それは、私が立派な母だったからでも
強い母だったからでもありません。

ただ、
そらまるの状態と
私の価値が直結していなかった
のです。

そして私は、ずっと思っていました。

挑戦とは、成功もあれば失敗もある。
受験とは、合格もあれば不合格もある。

結果がどちらでも、
そらまるの人生が終わるわけではない。

本当に、心からそう思えていました。

だから私は、そらまるの挑戦そのものを
そこまで怖いものだとは
感じていなかったのだと思います。

受験のとき、
応援するという選択ができたことも、
留年しても、
すぐに気持ちを切り替えられたことも、

そらまるの結果と私の価値が
直結していなかった


ただ、それに尽きるのです。

恐怖の中にいると
綺麗ごとに聞こえてしまう

私は今でも、
受験には合格と不合格があり、
そのどちらでも受け入れるものだと思っています。

合格しかあってはいけない、
という前提で挑戦することは、
子どもにとって本当に怖いことです。

「合格以外は許されない」
という空気が伝わってしまったら、
間違いなく子どものメンタルは削られ、
本番への余力さえ奪われかねません。

だから、私は

家は、居心地の良い場所。
家は、他愛ない話をする場所。
家は、弱音を吐きだせる場所。

そう整えることだけが、
お母さんの役目だと伝えてきました。

でも今は、
それを伝えても届かないお母さんがいる
ということも、分かっています。

その人たちは、
分からないのではない。
納得できないのでもない。

ただ、恐怖の中にいるのです
自分の価値が揺らぐほどの恐怖の中にいる

その人に向かって、

「頑張れないときの我が子でも
 受け入れましょう」
「合否は天命。
 本番で全力を出し切れることがゴール」

そう伝えたとしても、
それは綺麗ごとにしか聞こえない時が
あります。

なぜなら、その人にとっては、
子どもの不合格は、ただの不合格ではなく、
自分の価値の崩壊に近い感覚だからです。

そこを理解せずに、

「なぜ分からないんですか」
「なぜ責めるんですか」

そういう姿勢でいることは、私は違うと思っています。

本当に必要なのは
自分の価値を取り戻すこと

だから私は今、はっきり思っています。

私たちの根っこに必要なのは、
自分には価値があると腑に落とすこと

これは、頭だけで
「そうらしい」と知ることではありません

「生きているだけで価値がある」

その言葉を、
「そうだよね」と流していたり、
「綺麗ごとだな」と感じていたり、

言葉としては知っていても、
自分の中に落ちていない方は
きっと、少なくないのではないでしょうか。

でも、
そんな大げさなものでなくていいのです。

ただ、
「自分はこのままでいい」と思えること。

不思議なのですが、
そこが腑に落ちた時、

今まで見えていた世界とは、
見え方、捉え方が大きく変わります。

自分の価値をちゃんと感じている人は、
子どもの成績や合否と
自分の価値が直結しません。

合格したら嬉しい、不合格なら悲しい。
それは、もちろんあるのです。

でも、
恐怖の強さがまるで違う。

だから、黙って見守れる。
だから、黙って挑戦させられる。

これは、
強いからでも、立派だからでもなく、

自分自身が、
恐怖の中にいないからできることなのです


そして、
子どもの人生と、自分の人生に境界線が引ける。

「子どもは子ども」
「自分は自分」

この子にはこの子の人生がある

それが、綺麗ごとではなく、
自然に自分の中で成立している感覚なのです。

自分の価値は少しずつ書き直していける

もし、自分の価値を感じられないとき、
そこには必ず何か理由があります。

たとえば、親に、

  • 成功した時はすごく褒められ、
    失敗すると強く怒られたり、がっかりされた
  • 誰かと比べられた
  • 期待に応えた時だけ認められた
  • 「良い子」でいる自分でいないといけなかった

そういう体験の積み重ねの中で、

「何かを成し遂げないと価値がない」
「失敗したらダメなんだ」
「ちゃんとしていない私はダメなんだ」

そんな思い込みを抱えてしまうことがあります。

でも、それは本当でしょうか。

その時の親も、
いっぱいいっぱいだったのかもしれない。

その時の先生も、
まだ未熟だったのかもしれない。

そして何より、
その時のあなたは、
本当にそんなに悪かったのでしょうか。

昔のことを、ぽつぽつと話しているうちに、

「あの時、本当はすごく嫌だった」
「あの時、すごく傷ついてた」
「寄り添ってもらえなくて悲しかった」

そんなふうに、
忘れていたその時の感情を、
少しずつ思いだしていきます。

子どもだから分からなかったけれど、
あんなに怒られるようなことじゃなかった。
親も必死だったのかもしれない。

でも⸻
やっぱり、あの時の私は辛かった。
私は悪くなかった。

それは、たとえば
ノートに書かれていた言葉を、
消しゴムで消して、書き直していく感覚に
近いものです。

その言葉とは
その時の出来事の記憶と感情、
そこから生まれた思い込みのこと。

それを、
大人になった今の自分が、
少しずつ書き直していく。

そんなイメージなのです。

自分の価値の取り戻し方

こういうことは、
一人ではなかなか見えません。

人と話しているうちに
ふと思い出していくものなのです。

一人で頭の中だけで考えていても、
なかなか深いところには届かないのです。

どんな言葉をかけられてきたか。
どんな時に傷ついたか。
どんな時に「私はダメなんだ」と思ったのか。

そこに、本当の根っこがあります。

きっと最初は、
「そんなことに何の意味があるのだろう?」
そう感じるかもしれません。

でも、そうやって自分の記憶を、
一つずつ受け止め、肯定していくうちに、

「あの時の私は、
そんなにダメじゃなかった」

そうやって、自分を否定していた記憶が
少しずつ減っていく。

すると、自分の価値が、
自然と取り戻されていきます。

そして、ある時、ふと気づくのです。

これまで感じていた、
子どもの行動への恐怖が、
少し軽くなっていることに。

それは
あなたが弱いからではありません

たくさんのお母さんたちを見てきて、
私は感じています。

子どもの問題に見えていたものの多くは、
お母さんの捉え方によって、
大きな問題にもなれば、
自然に流していけるものにもなるのです。

子どもを変えようとする視点を手放すこと
そして、
お母さんが自分の価値を思い出すこと

そうなってくると、
子どもとの境界線が自然と引けるようになります。

言わなくていいことまで
言ってしまうこともなくなり、
ゲームをしている姿を見ても
一瞬で怒りに振り切らなくなる。

感情に振り回されなくなるのです。

すると、
まず変わるのは子どもではありません。
家の空気と、親子関係です。


そして、
その穏やかさの中で
子供が安心し、自分で動き始めます。

「分かっているのに止められない」
「どうしても責めてしまう」

そんなふうに苦しんでいるなら、

それは
あなたがダメだからでも、
弱いからでもありません。

あなたが今、
恐怖の中にいるだけなのです。

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