今まで、中1の回想記事の中で月例テストについて触れてこなかったが、早稲アカでは毎月学力診断テストが行われる。これによってのクラスの変動はないが、授業をきちんと理解できているかを計るものである。
そらまるの時代、このテストはCTテストと呼ばれていたが現在はスタンダードテストと呼ばれている。中1の間は、全生徒がこのCTテスト(スタンダートテスト)を受けるため、そらまるのような早慶下位クラスに位置する生徒も、そこまで酷い数値というものはこの目で見たことはなかった。
そらまるは、このCTテスト(スタンダードテスト)では、苦手な国語すら最低で偏差値51、基本は53から57の間を行ったり来たりという状態だった。数学では、最低で55、基本は58から60の間に位置していた。英語は、最低で60、基本は62から64の間というところであった。
3科の平均は、58あたりで中1を終えた。
アドバンステストでの偏差値50とは
中2からは、早慶クラス以上の生徒はCTテスト(スタンダードテスト)ではなく、アドバンステスト(現在はハイレベルテスト)を受けることになる。
このアドバンステスト(ハイレベルテスト)について、校舎で説明会が開かれた。講師は「アドバンステストでは偏差値50にいけばレベルが高いと言われます。そうは言われても、皆さん初めてのことなのでピンときませんよね?」と言って、ホワイトボードに図を書いて説明をしてくれた
そのとき書き写したものがこれである。

中2から始まるアドバンステスト(ハイレベルテスト)と中1の全体で受けていたCTテスト(スタンダードテスト)での、偏差値50の位置の違いを知る上で分かりやすいのではないかと思い、ここに載せてみた。(数値には違いがあると思われるので校舎にご確認ください)
まさにこの図でお分かりになるであろうが、アドバンステスト(ハイレベルテスト)での偏差値50というのは、かなりのレベルとなるわけである。
ちなみに、我が校舎での第1回アドバンステスト目標も載せておく。
開成国立クラス
英語→90点 数学→70点以上 国語→偏差値60以上
早慶上位クラス(この時のそらまるの在籍していたクラス)
英語→80点 数学→70点以上 国語偏差値55以上
早慶下位クラス
英語→70点 数学→偏差値50 国語偏差値50以上
校舎や先生によって目標は違うかもしれないが、うちの校舎ではこのように提示された。
さて、そらまるの結果はいかに!
洗礼
この夜、そらまるは早稲アカから帰宅するなりこう言った。
「ママ…国語の先生が電話しますって…」
「え!!!…偏差値一体いくつだったの…?」
そらまるの持ち帰った第1回アドバンスの結果はこれだ!
英語 83点 偏差値56
数学 45点 偏差値42
国語 42点 偏差値33
絶句…
しかし、この偏差値30台という数値は、この先国語ではちょくちょくと色んなテストでお見掛けする数字となり、ほぼ驚かなくなっていった。慣れとは恐ろしいものである。
しかし、流石にこの夜はそらまるも話し合いに応じた。
「国語の先生なんて言ってたの?」
「覚える系のものが全滅で、あまりに覚えてなさすぎだろって」
「そりゃそうだよ…ゲームばっかりして」
「1年の時よりはかなり勉強してるつもりだけど」
「だって1年の時はノー勉でしょ!それよりはやってるって当たり前だよ!
この結果を見て、今の勉強量で足りてると思ってる?」
「違う。僕に足りないのは勉強量じゃない。真面目さだよ」
私「は?真面目にやってなかったわけ?」
「だから、僕は勉強量は増やさない。今のままの時間で真面目にやる。」
そう言うと、そらまるはゲームのスイッチをいれた。この切り替えの早さには感服する。
そらまるの言う「真面目さ」とは「集中力」という意味である。
そらまるは昔からいつも言う。勉強とは時間の長さより集中力であると。3時間勉強しろと言われても、3時間など全く集中力がもたない。ぼーっとしてる時間が確実にあり、そんな状態で3時間机に座ってるなどなんて無駄であろうかと。
それなら30分集中したほうがよっぽど頭に入るし、無駄な時間を過ごすこともないのだと。
これは、ゲーマーのそらまるが言うから戯言だと思われがちであったが、そらまるを見ていると確かに一理あるようには思うのである。自分のことは自分が1番よく分かっているものである。
例えば、親や先生がいうからと3時間勉強していて、自分の集中できる時間よりもそちらを優先しているとしたら、それは「あんなに勉強してるのになかなか成績が伸びない」ということに繋がることになりかねない。
そういう意味では、そらまるは絶対に自分の「集中できる時間」を譲らないところは徹底していた。しかし、偏差値33を取ってくるのはどういうことか。
それはこうだ。
そらまるには「覚えれば取れるもの」を確実に取りに行くというほど、まだまだ目の前のテストを自分事に出来ていなかった。それに尽きるのだ。